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「チェンジ」の真の意味とは自らを律すること

2008年12月13日(土)

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王道はすなわち人間行為の定規であるという考をもって世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝った事と思う。【論語と算盤:『ただ王道あるのみ』】

 「王の道」を想像してみましょう。それは、くねくね曲がるような道ではないでしょう。また、近道も存在しないでしょう。「王の道」は、幅広く、真っ直ぐな道であり、王たる者は、そこを堂々と王者らしく歩くのです。

 儒教において「王道」とは政治思想の理想であり、仁徳を基本として国を治めることです。つまり、剣で服従させて国を治めることは王道ではありません。民衆の信頼と尊敬を得るために、仁徳によって国を治めることなのです。

「王道」とは自身が決めるもの

 渋沢栄一は「王道」とは人間行為の規範であると解釈しています。第三者が定めた規律ではなく、自身の内心が定める自律であります。利己的な権利や義務の過剰な主張は、感情の爆発につながる場合が多く、建設的なやりとりにはつながりません。言い合いやけんかの発端のほとんどは、自分の権利が害されたと思ったり、相手が義務を果たさなかったと思ったりすることです。

前回の英文記事※1をご参照ください。

 社会が正常に機能するためにもちろん法制は大事ですが、ただ従うだけで問題解決できるような万能なものではありません。「社会問題とか労働問題等のごときは、たんに法律の力ばかりをもって解決されるものではない」と栄一は言いました。「法の制定はもとよりよいが、法が制定されておるからと云って、一も二もなくそれに裁断を仰ぐということは、なるべくせぬようにしたい」と。また、人々が王道を意識して、人間として当たり前の道を堂々と歩めば、「百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝った事と思う」と、栄一は理想を述べています。

 理想であることも確かですが、ここには大切なメッセージが含まれています。私たちの社会に法制が存在するのは、ごく少数が王道から外れた行為をするからです。したがって、法制はごく少数の悪意のために、社会の多数である善意な人々を束縛していることになります。

前回の英文記事※2をご参照ください。

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牛島 信 弁護士