「この1年で起こったあなたにとってのビッグニュースは何ですか?」
広島市立大学情報科学部教授の吉田彰顕は、受け持つ学生たちに講義の終わりにA4の紙を1枚配り、こう問うた。
「1年間、無欠席!」「新車を買った」「母の日、父の日にプレゼントを贈った」「彼女ができた」――。
皆それぞれ、この1年間で起こった自分の中でのニュースを書いてくる。そして、次回の講義の冒頭で、皆の前で回答を発表する。
学生たちは、ほかの学生がどのような回答をしたのか、そして吉田がどのような見解を示すのかに興味を抱き、聞き耳を立てる。
講義の中身とはほぼ関係のないように見えるこの一連の行為。だが、「これは教える側教わる側がお互いに関心を持ち、そして信頼関係を築くための不可欠な儀式なのだ」と吉田は言う。
この儀式は、9年前に同大学へ赴任してからずっと行ってきたものだ。学生と真剣に向き合い、彼ら彼女らの興味をいかに刺激し、集中力を高めるか。そのためには、本筋である学習によって知を詰め込むだけでなく、その活性を高める仕組みとして「遊びが必要」と吉田は考える。
吉田の考えの原点とも言うべき体験は、12年前に桐蔭横浜大学教授だったカワン・スタント(現・早稲田大学国際教養学部教授)との出会いだった。
NTTの研究者からの転身
1996年、吉田はまだ「新米」の教師だった。それまで大学院を修了後、24年間NTTに研究員として勤めていた。同僚の研究員らとともに、ワイヤレス通信技術の研究を続け、30代前半まではまさに研究に没入し、「国のインフラを作るんだ」と燃え続けた。NTTだけでなく、国の機関に出向して所長を務めた経験もある。
だが、出世するにつれて本来やりたい研究よりも、管理業務がメーンになってくる。30代後半に中間管理職となった際には、方向性の違う上司の下で働いて、体調を崩しそうになったほどだ。仕事のストレスに苦しむ吉田の姿を見かねた妻は、「気分転換に、星でも見に行かない?」と誘った。仕事のことで頭がいっぱいだった吉田は、妻のこの計らいで落ち着きを取り戻した。
結果だけを求めてより効率的に動くことが、必ずしも正解とは限らない。むしろ、生活に遊びを取り込み、寄り道をして心を落ち着けながら働いてこそ、仕事も充実したものになる、と。以来、天体観測は吉田の趣味の1つとなった。
「身の丈に合った仕事をしたい」と常々語る吉田は、会社での出世ではなく、かねて将来の進路の候補に入れていた大学に進むことを決意する。
仕事で交流のあった先輩から紹介を受け、NTTに在職しながら慶応義塾大学大学院で週に1度、非常勤講師として教鞭を執った。それが96年のことだった。
社会人講座で出会ったスタント
新米教師として1年目に、当時の自宅近所の桐蔭横浜大学で週末に開かれていた一般市民向けの講義に足を運び、スタントと出会ったのだ。
桐蔭横浜大学において、社会人大学講座で教鞭を取るスタント
この講義は社会人向けに、連続して週末に8回程度行われるもので、毎回違う教授が講義を行う。吉田の興味は講義の中身というより、それぞれの教授がどのように講義を進めるかにあった。
「どうすれば、学生たちに講義で自分の話により耳を傾けてもらえるのか」。それを研究すべく、吉田は社会人向け講義に足を運んだのだ。
何気なく受けたスタントの講義で、吉田は生徒である社会人一人ひとりの目を見ながら、全身を使って話すスタントの姿に圧倒された。
「人のために尽くすことこそ教育であり、最高の仕事である」
そう胸を張って語るスタントに感銘を受けた。
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