「“世界で売りたい” 日本のニュー・サービス」

「公文」を世界の「KUMON」に変えた方法

  • 武田佳奈

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2009年1月28日(水)

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1974年ニューヨークにてスタート

 公文教育研究会は、今から35年前の1974年、米国ニューヨーク州に海外初の教室を開設した。日本で公文式教室の指導者をしていた方の娘さんが、ご主人の転勤のため家族で渡米し、ご自身の娘さんや周囲の日本人駐在員の子供たちのために公文式教材を使って学習指導をしたいと言って、教室を開いたのが始まりだった。

 同じような経緯で、駐在員や日系人の多い地域を中心に、教室が1つ、また1つと増えていった。しばらくして、公文式学習の効果は、現地の人々にも認知され始め、教室には現地の子供たちも通うようになっていったという。「公文」が「KUMON」になっていったのである。

採用した学校の平均点が20点も上昇

 海外進出が本格化する契機となったのは、1988年。米国アラバマ州の公立小学校が公文式算数を採用した。その結果、全米学力テストで学校の平均点が20点も上昇し、全米平均点を上回ったのである。この事実が「TIME」や「Newsweek」などのマスメディアで紹介され、たちまち「KUMON」が全世界に知れ渡った。そして、世界中から教室を開きたいとのオファーが殺到した。

 これまで教室を開きたいと言う人は基本的に現地に住む日本人であったが、この頃からは、現地の人からも自分が教室を開設したいという要望が増えてきた。このように、各国・各地域から寄せられる教室開設のオファーに応える形で、世界の各地に教室を開設していったのである。

 この頃、各教室の指導者に対し、指導面から運営面までのサポートを担う事務局も世界のいくつかの地域に設立された。当時は、事務局に駐在する日本人社員が現地に赴き、指導者に対し研修を実施するなどして、新規の教室開設を支援したこともあったという。

 「海外進出」そのものが目的ではなく、「現地の要望に応えること」が目的だったからこそ、人的コストをかけてでも一つひとつのニーズに対応していくことが徹底できたのかもしれない。

世界45の国と地域で成功している6つの要因

 現地に住む日本人の子供たちを対象に教室を開設し、その教育成果が現地で評判を呼び、教室に通う現地の子供たちが増える形で“現地化”が進んだ「KUMON」。現在、北南米、欧州、アジア、アフリカ、中東、オセアニアの45の国と地域に展開し、全世界の学習者数は延べ417万人(2008年11月現在)にも及ぶ。

「KUMON」で学習する世界の子供たち

「KUMON」で学習する世界の子供たち

(左上から時計回りに、米国、インドネシア、香港、南アフリカ)


 なぜ、「KUMON」はこれほどまでに海外に展開できたのか。「KUMON」の海外展開における特徴を見ていきたい。

(1)各国の事情によらない教材

 もともと公文式の教材は、日本の学習指導要領に準拠しておらず、「高校相当の学習ができるようになる」ことを目標に、何をどのような順番で学ぶことが望ましいかといった視点で、内容を絞り込み、段階別に教材が構成されている。そのため、海外向けの教材を検討するに当たって、国ごとに教材を変える必要がなかった。

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