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高齢者の願いをかなえた「人生最後の靴」

徳武産業社長(ケアシューズの製造、香川県さぬき市)十河孝男

2009年3月31日(火)

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創業者の義父から後継指名を受けた直後に、義父が急逝。
気負いが空回りするが、住職の言葉で自分を取り戻す。
大黒柱だった学童用上履き事業からの撤退を決断。
老人ホームを経営する友人からの相談が発端で
高齢者向けの靴の開発に着手する。
一人ひとりに合った「パーツオーダー」の靴を提供し、
「もっと歩きたい」という高齢者の願いをかなえた。

PROFILE
1947年生まれ。高校卒業後、66年香川相互銀行(現香川銀行)に入行。縫製メーカーを経て、84年義父が経営する徳武産業に入社し、急逝した義父の後を継いで社長に就任

 高齢者向けの靴「あゆみ」を発売した1995年。徳武産業の社長、十河孝男はある女性から聞いた言葉が今も忘れられない。

 「死ぬまでに赤い靴を履くのが夢だったが、それがかなった」。女性は水玉模様が入った赤い靴を見つめてうれしそうに言った。「この事業はきっと成功する」。そのとき十河は確信したという。

 筋力の衰えや病気などによって、普通の靴ではうまく歩けないという高齢者は多い。昔からリハビリ用の軽い靴はあったが、足にぴったり合う靴になかなか巡り会えず、黒や茶など地味な色ばかり。もっと外に出たい、もっとおしゃれを楽しみたい――。そんな高齢者の切実な声に応えたのが「あゆみ」だ。

 ケアシューズという新しい市場を切り開いた「あゆみ」は、今では年間50万足を販売する。だが、2代目社長の十河にとって、ここに至る道は平坦ではなかった。

創業者の急逝で37歳で社長就任

 十河は高校を卒業して香川相互銀行(現香川銀行)に5年勤めた後、妻の叔父が経営する縫製会社に移った。転機が訪れたのは84年。義父の徳武重利から「後継者になってくれ」と口説かれたのだ。

 義父は、1957年に手袋の縫製工場から事業を興した。手袋は香川県の地場産業だが、季節変動が激しい。そこで、旅行用スリッパやバレーシューズ(学童用上履き)の縫製に転じ、業績を順調に伸ばしていた。

 義父の子は女5人。長女の夫である十河に白羽の矢が立ったのだが、その猛烈なアプローチには鬼気迫るものがあった。「虫が知らせたとしか思えない。承諾して入社の準備を進めていた矢先、義父は突然心筋梗塞で倒れ、5日後に世を去った。まだ59歳。跡継ぎができたと周囲に触れ回っていたのに…」

 義父の意思を尊重して、十河が2代目に就くことになった。そのとき十河は37歳。義父に負けるものか。皆が納得する仕事をしてみせる。若い十河は気負った。新しい取引先を開拓して売り上げを伸ばそうと走り回ったが、意欲ばかりが空回りして数字はついてこない。

 当時20人足らずの社員がいたが、十河より年下は2人だけ。いきなり会社に入って社長に就いた若者に周囲は笛吹けども踊らず、という状態だった。

 そんな十河に光をもたらしたのが、義父の一周忌に菩提寺の住職にかけられた言葉だ。「先代に負けまいと競争しているようだが、先代はあなたが仕事をしやすいように死という形で身を引いたのではないか。あなたを思ってまさに命懸けで事業継承をしたのだから、感謝こそしても、張り合うことはない」

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