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パソコンおたくのクールな社長がチームワークに目覚め、熱血社長に変わった理由

サイボウズ社長 青野慶久

  • 荻島 央江

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2009年4月24日(金)

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社長になった途端、
信頼していた主力の社員が
次々と辞めていった。
経営者としての自分に何が足りないのか--。
導き出した答えは、
「真剣」になることだった。

 

青野慶久
YOSHIHISA AONO

1971年生まれ。愛媛県今治市出身。37歳。大阪大学卒業後、松下電工(現パナソニック電工)に入社。97年に同僚3人とサイボウズを設立。2005年4月から現職。サイボウズとはcyber(電脳)とbozu(坊主)を組み合わせた造語。結婚を機に妻の姓に改姓。仕事上は旧姓の青野を名乗っている

 「社員にとって、僕はかなり面倒くさい社長かもしれませんね」。グループウエアと呼ばれる業務用ソフトウエアを開発・販売するサイボウズ(東京都文京区)の創業メンバーで、社長の青野慶久はそう言って笑った。

 「例えば朝、出社したときに、僕の顔を見てムスっとした顔で通り過ぎる社員がいたら、どうしてあいさつしないのかをその場で聞くんです。場合によっては『おれはあいさつを大事に思っているから、きちんとしてほしいんだ』と熱く語る。気づかなかった振りをして、『あいつはあいさつもできない』と内心ムッとしながら社長室に入る方が楽ですよ。でも、それはいい会社にしようと真剣に考えている社長の態度ではないと思うんです」

 もともと青野はどちらかというと、ドライなタイプの経営者だった。人と話すよりパソコンに向かっている時間が長く、苦手と感じる社員とは積極的に話をしなかった。


社員に公開している青野のスケジュール

本を読んでピンときた個所をデータベース化

 「今はちょっとでも気になることがあればどんどんみんなと話をする。確かに昔の自分は社員とのコミュニケーションを重荷に感じることもあった。でも、本気で会社をよくしたいなら、まず社長が変わるしかないと思うようになったんです」

 青野率いるサイボウズは、今年創業11年目を迎える。同社の主力製品である情報共有ソフト「サイボウズ Office」と「サイボウズ ガルーン」は現在、2万8000社に導入され、270万人を超えるユーザーが利用中だ。IBMやマイクロソフトという世界的大企業を向こうに回し、今年は国内グループウエア市場でシェア26.3%を獲得、2年連続でトップの座を奪取した。

 ITバブル崩壊やライブドアショックなどで同業他社が軒並み失速を余儀なくされるなか、同社が堅実な成長を続けられた背景には、青野の経営者としての成長がある。

寝ても覚めても パソコン漬けの少年

 青野は1971年、高松市に生まれ、愛媛県今治市で少年時代を過ごした。両親と兄、祖父母の6人家族だったが、父は警察署の通信課に勤務する技術者で、青野が小学3年生のときからずっと単身赴任で不在。母も祖母の介護にかかりきりだったため、青野は放任されて育った。

 両親から「勉強しなさい」と言われたことは一度もない伸び伸びした環境の中で、青野は近所の子供たちと一緒にリトルリーグのチームに入ったり、プラモデル作りに熱中したりした。ただ、野球の試合ではベンチを温めることが多かったし、プラモデルも手先が不器用で思うように組み立てることができず、自信を持って取り組めるものが見つけられないでいた。

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