早稲田大学教授のカワン・スタントが教育の中で最も重視しているのがケアリング(caring)だ。心に火をつけることでやる気を引き出す「スタント・メソッド」の根幹ともいえる。
スタントは、学生一人ひとりの勉学の進捗度を把握するだけに限らず、人間としての成長を常に気にかける。それが落ちこぼれを極力なくし、個々人の埋もれた能力を引き出すことにつながっている。
このケアリングは、大学教育の現場に限らず、社会のあらゆる場面で必要になるものだ。特に成果主義が浸透するビジネスの現場では、部下の育成、後進の指導も評価対象の1つになるだけに、
「部下が、うまく育たない」
「後輩をどう指導すればいいのか分からない」
と頭を抱える企業人は、増えているかもしれない。では部下の成長をどのようなモノサシで測り、そして悩みからをどう救い上げればいいのか。
「3行感想文」が教えてくれるもの
スタントは学生の出席状況や講義中の表情、そして講義後に必ず書かせる「3行感想文」など、複数の視点から学生たちの成長ぶりや、彼・彼女たちが今、何か悩んでいるのかを推し量る。そして、その成長度合いや、ぶち当たる壁の大きさに合わせたケアを施していく。
「一番分かりやすいのは『3行感想文』。講義を重ねるたびに、書く分量から内容、そして文字の丁寧さも変わってくる。そこから学生が何を考え、どのような状態にあるのかを理解して、ケアする」とスタントは語る。
2008年の後期にスタントが教鞭を執る「アジアの高等教育比較論」を履修した早稲田大学国際教養学部の1年生、廣松大和はまさに、その好例と言える。
日本だけでなく、中国や韓国、シンガポールなどアジアの高校や大学といった高等教育を学ぶ講義で、廣松にとって個人的に関心のあるテーマだった。
だが、廣松が最初に出席した講義での感想文は辛辣なものだった。
「あなたの英語は聞き取れない」に込められた思い
「あなたの英語は聞き取れない」
「日本のことは高校までにたくさん学んできた。(今回の講義で話題になった)OECD(経済協力開発機構)のデータだって既に知っている」
2回目に出た講義ではこうだ。
「すべての日本の学生がバカだと先生は考えるのですか?」
「日本の大学の現状を嘆くだけでなく、それなら今、何をすべきかを話してくれ」

その時の廣松の風貌は半分が長髪で、もう半分が刈り上げという奇抜なヘアスタイルだった。見た目で人のすべてを判断することはできないが、やはり異様な雰囲気を放つ廣松に、スタントは“モンスター・スチューデント”だったらどうしようかと、恐怖さえ感じた。今では笑い話になるのだが、その時はそうだった。
スタントは学生が基本的に英語で書いた感想文を1枚ずつ丁寧に読み込み、気になる点は線を引き、時には学生たちの意見に対して感想まで書いている。最初の廣松の感想文には何が書かれていたのか。
本気になって、野心ではなく本心で、相手とコミュニケーションを上手に頑張れば、人の心も変わる。心が変われば行動パターンが変わり、態度や髪の毛も変わる(笑)。なにか「不可能なことはない」です。こんな嬉しいことはないですね。私もぜひ変わりたい!(2009/02/18)