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創業家に指名された「異端児」の後継者が赤字の老舗を再生。下請けから脱却し、カネボウも再建

セーレン社長 川田達男

  • 曲沼 美恵

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2009年3月27日(金)

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120年の歴史を持つ「名門」は、
斜陽の業界で下請けに甘んじていた。
赤字体質の会社を変えたのは、
「異端児」「窓際族」と呼ばれ続けた男だった。
現場を歩き続けて知った「社員のやる気」で
会社を大躍進に導いた。その勢いで、
赤字の元請けを買収し、再生した。

 

川田達男 TATSUO KAWADA
1940年、福井県生まれ。明治大学経営学部卒業後、福井精練加工(現セーレン)入社。営業開発時代に自動車用シートカバーを成功させる。同社営業部長、取締役を経て、85年、常務。創業者一族の社長から、経営不振のセーレンを任され、87年、社長に就任。2003年から最高執行責任者兼務。05年に経営破綻したカネボウの繊維事業を買い取り、立て直した

 「社員がやる気を出せば、会社は変わる。だから、社長の最大の仕事は、社員のやる気を引き出すことです」

 セーレン社長の川田達男(68歳)は穏やかな口調で語り始めた。

 セーレンは国内有数の合繊産地、福井市で生まれ、成長してきた。創業120年の老舗だが、ほんの20年前まで染色加工の下請けにすぎなかった。

 赤字続きだったセーレンを、川田は社員のやる気を重視した改革でよみがえらせた。自動車用シートカバーの成功を契機に、非衣料分野を次々と開拓。プラズマテレビ用電磁波シールド、人工血管、建材シートなど多彩な繊維製品を手掛ける先端企業へと変貌させた。

 川田の名を全国に知らしめたのは、経営破綻した名門企業、カネボウの繊維部門を買収・再建したことだ。再生不能と言われた工場を立て直し、その手腕を見せつけた。セーレングループの売上高は1129億円(2008年3月期)で、海外も含めた社員は約6000人を数える。


自動車用シートカバーへの参入に始まる「非衣料」進出がセーレン飛躍の原動力になった

汗と染料のにおいの中で 現場を歩く意味を知る

 川田は同社初のサラリーマン社長である。一社員からスタートした川田の歩みは「異端児」「窓際族」と見なされるなど、いばらの道の連続だった。

 「このにおいは昔から同じです」


セーレンは染色加工がルーツ。約20年前まで分業化した繊維産業の下請けだった

 セーレンで最も古い第一工場を歩きながら、川田はつぶやいた。社員が手作業で機械を調節し、生地を乾かすための扇風機が回る。自動化が究極まで進んだ同社の最新工場とは対照的に、汗と染料のにおいが満ちる現場である。

 川田のサラリーマン生活はこんな工場からスタートした。

 川田は明治大学を卒業後、1962年に福井精練加工(現セーレン)に入社した。そのころ、繊維産業は全盛期にあり、川田を含む同期の大卒社員6人は「入ってすぐにグリーン車に乗れる」エリートだった。

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