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坂本龍馬を愛する元SEが始めた“伝統工芸”

Iターン、紙すきの技術を学び起業へ

  • 秋元 志保

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2009年6月26日(金)

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坂本龍馬を愛する元SEの起業家

 愛媛県松山市にある松山駅から電車で約30分。手漉(す)き和紙と木蝋(もくろう)で有名な内子町。「大洲和紙(おおずわし)」と呼ばれるその和紙は滑らかでにじみにくく、品質の良さから主に書道用の高級半紙として用いられています。明治から昭和にかけ、内子町を流れる小田川の川沿いには手すき和紙工場がいくつも軒を連ねていたそうです。

 ところが、安くて大量生産が可能な洋紙の普及により、値段も高く手間のかかる手すき和紙は徐々に衰退していきました。

 1900年代、全国に6万8562軒あった手すき和紙の製造業者数も、2008年度には296軒に激減(参考:全国手すき和紙連合会)。内子町にある手すき和紙製造業者も次々と閉鎖に追い込まれ、大洲和紙を作っている製造業者は「天神産紙工場(てんじんさんしこうじょう)」を含む2軒のみとなりました。

 この天神産紙で作られた和紙を用いて、製品の開発・製造・販売をしている「五十崎社中(いかざきしゃちゅう)」という会社が内子町五十崎にあります。実はこの会社、2008年創業の新しい会社。

 歴史に詳しい読者の中には、「社中」という文字に目を留める方がいらっしゃるかもしれません。「五十崎社中」という名前は代表取締役社長を務める齋藤宏之さんが愛してやまない坂本龍馬に由来します。坂本龍馬が日本で初めて設立した株式会社と言われる「亀山社中」から取ったものです。

横浜から五十崎へ。JAPANブランドへの出展

齋藤 宏之(さいとう・ひろゆき)氏
1972年神奈川県海老名市生まれ。日本大学理工学部物理学科卒業 。大学卒業後、通信系IT企業へ就職。システムエンジニアとして10年間、企画・営業として3年間勤務。2008年7月、愛媛県内子町五十崎にて株式会社五十崎社中を設立。JAPANブランド登録事業社として主に五十崎手漉き和紙を使った製品の製造・販売を行う。

 伝統工芸品を扱う若い会社を起業した齋藤さんはこの土地の出身者ではありません。齋藤さんは現在36歳。神奈川県海老名市の出身で、大学卒業後、システムエンジニアとしてNTTインターネットに勤務。順調にエンジニアとしてのキャリアを積んでいたある日、転機が訪れます。

 内子町五十崎で家業の酒蔵を営む晶子さんと東京で出会い、大洲和紙がある内子町という街に興味を持ち、次第に伝統工芸の世界にも惹かれるようになりました。

 ちょうどその頃、内子町商工会は「JAPANブランド」という事業に取り組んでいました。

 「JAPANブランド」とは、伝統工芸品を全国商工会連合会、日本商工会議所が中心となり、世界に通じる新しい商品やサービスを作り上げ、自らの経営基盤の強化と地域経済の活性化を目指した事業です。

 内子町商工会は、衰退しつつある手すき和紙の伝統をこのままにはしておけないと平成18年度からJAPANブランド事業へ取り組み、平成20年度は大洲和紙の新しい可能性を見いだすためフランスから壁紙デザイナーのガボー・ウルヴィツキ氏を招聘しました。

 日本の伝統工芸を途絶えさせてはいけない。厳しい状況の中、世界に発信していこうという内子町商工会の熱意と取り組みを聞いた齋藤さんは、「自分もこの事業に貢献したい」と心をかき立てられます。

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