「渋澤 健の資本主義と道徳」

日本のスイッチを再び「オン」にするために

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2009年10月8日(木)

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 他の誰かがつくった会社にお世話になるのではなく、自分で会社を立ち上げたいと思い独立したのは2001年のことでした。ちょうど40歳になり、人生の峠を越した意識した時であり、タイミング的には自分が独立できる最初で最後のチャンスではないかと思ったのです。

 それから、1年後。売り上げは計上できたものの、法人税を納めたら手持ち現金がなくなるという、いわゆる「黒字倒産」の意味を肌で感じていました。自分の会社に、自分個人から「つなぎ融資」をすることによって、その場を凌ぎました。

 起業してから6年間、試行錯誤しましたが、会社の収益が外資系金融機関やファンドに勤めていた頃の給与水準と同様になったと、やっと感じられるようになりました。事業の第2ステージも、独立系投資信託会社を仲間たちと設立する企画が具体化。2007年末には今後の自分の事業展開の将来は明るいと感じることができました。

前回の英文記事※1をご参照ください。

 ところが、2008年初めから調子が狂い始めました。「サブプライム問題」、「リーマンショック」、「100年に1度の金融危機」といろいろな表現の仕方がありましたが、年末には、それまで米西海岸のビジネス・パートナーと築いたファンド・オフ・ファンズの事業の幕が閉じていたのです。

 自分の当初のシナリオは、既存のファンド・オフ・ファンズ事業の収益から日本の個人に「30年投資」を促す投資信託の新事業の立ち上げを支援することでした。ところが、その既存の「エンジン」に頼ることなく、荒波に仲間たちと船出することになったのです。

 「100年に1度」といわれた大嵐で、5年間かけたビジネスが崩れ去った時、西海岸のパートナーは嘆きながらも、30年のヘッジファンド投資に基づいた経験から、ある一言をつぶやきました。その言葉は私の胸に刺さりました。「全て起こることには、理由がある」

前回の英文記事※2をご参照ください。

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著者プロフィール

渋澤 健(しぶさわ・けん)

1961年、神奈川県生まれ。渋沢栄一の5代目の子孫。小学校2年生のとき父親の転勤で渡米。83年テキサス大学卒業。87年UCLA経営大学院修了、MBAを取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックス、大手ヘッジファンドのムーア・キャピタル・マネジメントなどの外資系金融機関を経て、2001年投資コンサルティング会社のシブサワ・アンド・カンパニーを設立。代表取締役に就任。2008年コモンズ投信設立。会長に就任。渋沢栄一記念財団理事、経済同友会幹事 主な著書に『巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」』(講談社)、『渋沢栄一とヘッジファンドにリスクマネジメントを学ぶ―キーワードはオルタナティブ 』(日経BP)、『シブサワ・レター 日本再生への提言』(実業之日本社)など。新著に『渋澤流 30年長期投資のすすめ』(角川SSコミュニケーションズ)。企業の幹部候補クラスを対象にした経営塾「『論語と算盤』の現代的意義」を開催中。詳しい内容はシブサワ・アンド・カンパニーまで



このコラムについて

渋澤 健の資本主義と道徳

明治から大正にかけて日本に近代経済社会の基礎を作った実業家、渋沢栄一。日本で初めて銀行を創立し、日本初の株式制度を導入した「日本資本主義の父」です。栄一が主張したのは「論語と算盤の一致」。すなわち、中国の古典『論語』にある道徳と、“金儲け”である経済という、相容れない2つを融合させることこそ、日本の発展には不可欠という考え方です。混迷を極める世界経済に翻弄され、新たな経済の秩序を模索せざるを得ない現代、栄一の言葉は多くの示唆を我々に与えます。栄一の日本的思想を基に、資本主義とは何かについて考えます。コラムは同じ内容を英語と日本語で交互に連載するスタイルです。日本語は英文の逐語訳としてお読みいただくより、前週に掲載した英文をより深く理解するための独立したコラムとしてお読みいただければと思います。

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