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憤死の番組

  • 遥 洋子

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2006年4月14日(金)

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 不思議なことだが、男女がほんの少しのコミュニケーション、例えば道を聞くとか、電車で隣り合わせになって喋るとか、そういう場合、その相手の職業や性別にかかわらず終始ニコヤカにその場を去ることができる。

 ところが、これがいったん仕事や家庭生活のことで少し踏み込んだ話になると驚くほどのドロドロした感情と遭遇することがある。それが先日出演した番組の男女共同参画社会をテーマにした討論番組だった。

 放送後、新聞の番組評を読んだ。その番組を見ていて「憤死しそうになった」という視聴者からの意見が載っていた。討論だから意見は分かれる。そのどちらに立とうが、「憤死」するくらいの感情を創出する討論の内容とは何だったのか。

現実との乖離を強く感じる「男女共同参画社会」

 それは簡単に言うと、「男が仕事で女が家事か」にまつわる昔からの議論だった。「もともと男女は脳の構造が違う」ということでそれらを正当化しようとする人。「それが人間のあるべき姿だ」と諭す人。「嫌なら社会を変えればいい。変えないのは女だ」と責任の鉾先を女性に向ける人。「子供が3歳までは母親の仕事」「企業にとって女性は戦力ではない」等々。

 出るわ出るわ、太古の昔から男女の役割分担を正当化してきた使い古された意見が現在もまだ熱い体温を持って放たれた。その光景は圧巻でもあった。

 私はずっと男女共同参画社会、というキラキラしたスローガンを信じきることができなかった。それを掲げるほどに現実社会との乖離のほうを強く感じるのだった。その私の感覚が見事に実証された瞬間だった。

 男女共同参画だといいながら、蓋を開けてみればこれほど「女は家事」と思う人たちが声高に主張する。こういう社会に私たちは生きているのだと真っ正直に認めてはいかがだろうか。

 「女は家事」という発言がテレビで流れて「憤死」しそうになる人。「なぜ女が家事なの?」と問う私に憎悪を抱く人。男女の心象の一歩突っ込んだところに触れた時、人はここまで腹の奥底からの怒りを感じる生き物なのだ。

 そこを変更するのは無理ではないかと私は思っている。そのことに気づき、結婚や出産子育てを断念している女性も少なくない。周りを説得するより一人勝手に生きる、という生き方だ。

 男女の話を討論するのはそれが人の激情を呼ぶ問題であるがゆえに、論破できたからといってどうなるものでもない。相手が憎悪を抱くだけのことでその人物が変わることはない。パフォーマンスとして公の場に上げると、そこは見ている側には「憤死」の嵐になり、心地よい娯楽性を提供するものでもなさそうだ。つまり、誰がどう触ろうと、ドロドロの感情の泥試合になりがちなのが、男女論なのだ。

 私は番組だから(仕事だから)討論をしたが、私の日常における対応は違う。「どうぞご勝手に」が本心だ。「女は家事」という人がいても「あ。そ」と通り過ぎるだけだ。「それで生きられたらラッキー。うまくいかなければせいぜい苛立つ女をお恨みなさい。私はそんなあなたを無視して生きますから」ということだ。

「遙 洋子の「男の勘違い、女のすれ違い」」のバックナンバー

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