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お天道様に守られている人(その3)

松井証券社長・松井道夫――天性の「天の邪鬼」(3)

  • 高橋 三千綱

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2006年6月30日(金)

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 就職先を決めることは、新卒の学生にとっては、その後の人生の航路を決定づけるほどの大事な決断である、はずである。

 それを松井道夫さんはどこか高を括って眺めていたフシがある。この年から就職協定が企業間に成立して、就職活動は4年生の9月初めから開始すべしという協定になっていた。オイルショック後の不景気のときで、どこの会社も採用を絞っていたが、道夫さんはまあなんとかなる、と気楽に構えていた。

松井道夫氏

松井 道夫(まつい・みちお)氏

1953年3月長野県生まれ。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。86年に松井証券のオーナー社長の一人娘と結婚、87年に同社に入社した。常務取締役営業本部長などを経て、95年から現職。株式委託手数料の大幅引き下げや、インターネット取引への特化などで、中小証券だった同社を個人の株取引でトップクラスに押し上げた。

 それは第1志望に日本郵船を選んでいたからだ。1984年のレーガン時代にできた海事法案で、それまであった運賃同盟が崩壊して、大海運不況が全世界で巻き起こっていた。

 ロシアは信じられないような運賃のダンピングで、日本の海運市場を荒らし回った。やがて日本の船員の多くはクビを切られ、かわりに賃金の安いフィリッピン人が雇われていくという時代に突入していく。

 海運会社はそういう不安な状況にあり、航路すら見失うかもしれない不況のときに、道夫さんはあえて郵船を選んだ。第1に、

 「郵船に入れば海外赴任ができるから。だいたい、社員は定年退職するまでに3回は海外勤務になる。でも、結果をいえば11年間勤めていたのに、僕には1度も海外駐在の辞令がおりなかった。これは相当に珍しい」

 第2の理由は、

 「会社に勤めると決めたからには、社長にならなくては意味がない。郵船なら同期のライバルも少ないだろうから、それだけチャンスがあるだろうと、まあ、姑息なことを考えたわけです」

 ちょっと天の邪鬼らしくないが、ともあれ、そういう計算も働いていた道夫さんだったが、就職活動解禁の最初の日に、ほかの会社も見学しておくか、と軽い気持ちでいくつか会社訪問をした。郵船ならいつでも大丈夫という安心感があったのだろう。しかし、その前に東京海上火災に内定してしまったのである。

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