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お天道様に守られている人(その4)

松井証券社長・松井道夫 ―― 天性の「天の邪鬼」(4)

  • 高橋 三千綱

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2006年7月7日(金)

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 日本生命の面接から数日後のことである。日本郵船の人事部から突然電話が入った。

 「新入社員の枠がひとつ空いたんだ。といっても補欠なんだけどね。君、来るかね」

 「行きます、行きます、行かせて下さい」

 このときばかりは素直に返事をした。

 翌年4月、同期の10人のひとりとして郵船に入った。入社してすぐに松井道夫さんは、社長になってやるという目論みがはずれたのを知った。それも大きくはずれた。

松井道夫氏

松井 道夫(まつい・みちお)氏

1953年3月長野県生まれ。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。86年に松井証券のオーナー社長の一人娘と結婚、87年に同社に入社した。常務取締役営業本部長などを経て、95年から現職。株式委託手数料の大幅引き下げや、インターネット取引への特化などで、中小証券だった同社を個人の株取引でトップクラスに押し上げた。

 「同期にも先輩にもバカな人はひとりもいなかった。それどころか、みなすごく優秀で、何をやってもかなわない人たちばかりだった。圧倒され、いっぺんに劣等感に押しつぶされました」

 頭脳明晰で、企画力があり、情熱、行動力に語学力にも秀でていた。外国人相手に机を叩きながら議論する先輩を、眩しい思いで見つめていた。

 楽しい思い出もある。新入社員の道夫さんは、まず神戸の臨港店へ配属になったのだが、ここでの2年半は天国だった。港に停泊しているギリシャをはじめ、各国の船長と荷役の打ち合わせをし、飯を食い、盃を酌み交わした。

 「楽しかった。人生で一番強烈なときを過ごした」

 本社に戻ってタンカー営業に3年、それから定期線部門に5年、途中組合の専従書記長もやった。その間、結婚した道夫さんは、岳父が社長をしていた松井証券に入社するため、11年勤めた郵船を退社した。

 「僕は郵船には何の貢献もできないまま課長代理で辞めることになってしまった。それは申し訳ないと思っています。でもね、郵船は僕の恩師なんです。その思いは今も確実に息づいています。ここで勉強できたことは幸運でした。自分の哲学を持てというスタンスは郵船で徹底的に鍛えられた」

 道夫さんは、

 「おれはおれ」
 「自分が中心」
 「自分の頭で考える」

 という生涯をともにするスローガンと共に、まったく未知の証券業会に飛び込んだ。

 話は昨年の3月2日に飛ぶ。この日は松井記念日になった。

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