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お天道様に守られている人(その6)

松井証券社長・松井道夫――優柔不断

  • 高橋 三千綱

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2006年7月21日(金)

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 松井道夫さんはかつて「革命児」とか「異端児」と呼ばれていたことがある。1987年の33歳のときに、郵船をやめて松井証券に入社して、社長になったのが95年のことだった。その翌年に「株式保護預かり口座管理料」を無料にし、さらに「店頭株式手数料の半額化」を実施したからである。

 いまでは当たり前のことになっているが、当時は黙っていても、業界全体で数百億円の儲けが入る管理料を、地場証券に毛がはえたような証券会社が率先して放棄したのだから、風あたりが強かった。

松井道夫氏

松井 道夫(まつい・みちお)氏

1953年3月長野県生まれ。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。86年に松井証券のオーナー社長の一人娘と結婚、87年に同社に入社した。常務取締役営業本部長などを経て、95年から現職。株式委託手数料の大幅引き下げや、インターネット取引への特化などで、中小証券だった同社を個人の株取引でトップクラスに押し上げた。

 手数料の半額化を宣言したときは、業界から恫喝めいた脅しも受けた。

 しかし、彼は来るべき自由化を見据えて、自分の信念を曲げなかった。

 そういう松井さんの姿勢を見ると、何事も果断即決、冷酷無比、勇猛果敢な経営者のように他人の目に映るが、実は松井さん自身は「アナログ的なエモーショナルな人間」だと思っている。

 分かりやすくいうと「優柔不断」な人なのである。

 松井証券に入ったのは、結婚した千鶴子さんのお父さん、松井武氏が社長をしていて、ひとり娘の婿があとをつがなくては、松井証券はなくなってしまう、それではお義父さんがさみしかろうと、証券業務のことなど何も知らないのに、勝手に斟酌して入社したからで、格好いいようだが、このときもぐずぐずと悩んだ。

 務台姓から松井姓に変えるにあたっては、実父や弟にも相談している。

 それから20年、武氏の弟の正俊氏のあとをついで4代目社長になったのは41歳のときだったが、実質的には14~15年会社を動かしている。

 その松井さんが今でも一番正しかった決断は、

 「外交セールスを捨てたことだった」

 と、自信をもって語っている。

 歩合外務員は松井証券の要だった。会社の収入の70%が、50~60名いる彼らによってもたらされた。松井さんが松井証券に入社したときは、相場がバブル景気に沸いていて、どこの会社でも歩合外務員は花形だった。松井証券の営業部員は、みんないつか外務員になりたいと思うようになった。

 日興證券での1年半の証券研修を終えて法人部長として戻ってきた松井さんは、その営業利益を見て驚いた。一晩お得意様を接待すれば、翌日には数百万の手数料が会社にもたらされるのである。

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