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夢を追いかける任侠の人(その1)

日本電産社長・永守重信 ―― やくざの親分(1)

  • 高橋 三千綱

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2006年8月18日(金)

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 日本電産は、従業員数10万5000人、総売上高5000億円の大企業である。ここは何でも手を出す複合企業ではなく、精密小型モーターを中心とした特化型のメーカーである。日本だけでなく、世界中にグループ企業120社を擁している。

 京都南区に2003年3月に竣工された新社屋は、地上22階の巨大スペースシャトルともいうべき外観で、開発技術研究所と本社中枢部が入っている。このビルの通信システムとセキュリティは、他に類をみないものだといわれている。

 この社屋の最上階の部屋に陣取るのは社長の永守重信さんである。1944年8月28日生まれであるから、もうじき62歳になる。

永守重信氏
永守 重信(ながもり・しげのぶ)氏

1944年8月、京都府生まれ。61歳。67年、職業訓練大学校卒業後、メーカー勤務を経て、73年に日本電産を創業。精密小型モーターを主力に80年代から90年代のハードディスク市場の拡大に乗って急成長させた。積極的なM&A(企業の合併・買収)を実施。傘下に収めた経営不振企業を短期間に次々と再生してきた。2010年に連結売上高1兆円を目指す。

 学生時代、柔道をやっていたというが、柔道家には、引退すると肥満してしまう人が多いが、永守さんはがっしりした体つきを維持している。身長も176センチある。

 『重信は、京都府乙訓郡向日町大字物集女(もずめ)の小作人の農家に、6人兄姉弟の末っ子として生まれた。父の奥田末次郎は、狭い畑で採れた野菜を、毎朝リヤカーに積んで京都市内に売りに行った。値切られても、安売りすることはなかったという。丹精込めて栽培した野菜に自信をもっていた。

 母のタミは子供たちが寝ているうちから起きて畑に出た。そして家族が寝た後も働いていた。重信は自分が起きている内に、横になる母を見たことはなかった。

 人の倍働け。それで成功せんことはない。

 楽してもうけようとしたらあかん。

 タミは常々子供たちにそういっていた。その思いは末っ子に引き継がれた。重信は、この母に多大なる影響を受けて育った』

 物語風に書くとそうなる。しかし、これはフィクションではない。

 28歳で独立して、他の3人の仲間と共に、モーターの製造販売会社、日本電産を立ち上げた。

 それから34年、永守重信さんは経常利益が年間500億円を越える会社に育てた。その極意は、なにか。

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