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夢を追いかける任侠の人(その2)

日本電産社長・永守重信 ―― やくざの親分(2)

  • 高橋 三千綱

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2006年8月25日(金)

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 小学3年生のとき、隣町に住む級友の家に遊びに行った。いつでも清潔な服を着ている子だった。友人に案内された座敷に、ミニチュアの鉄道模型が走っていた。

 3時のおやつになると、ばあやが見たこともないものを運んできた。級友はひとりで食った。それはチーズケーキだった。ちょっとくれというと、友人は1切れきってくれた。

 なんともいえないうまい味だった。

 台所を通って帰ろうとすると、フライパンからジューッという音とともに、なんともいえない、いい匂いがしてきた。

永守重信氏
永守 重信(ながもり・しげのぶ)氏

1944年8月、京都府生まれ。61歳。67年、職業訓練大学校卒業後、メーカー勤務を経て、73年に日本電産を創業。精密小型モーターを主力に80年代から90年代のハードディスク市場の拡大に乗って急成長させた。積極的なM&A(企業の合併・買収)を実施。傘下に収めた経営不振企業を短期間に次々と再生してきた。2010年に連結売上高1兆円を目指す。

 あれはなんだと訊くと、ステーキや、と友人は小馬鹿にしたように答えた。それも一口もらって食べた。それまでに食ったことのない上等な味だった。

 友人の父親は、運転手付きの外車で帰ってきた。

 あるとき、重信少年は、友人に、おまえのお父さんは何をしている人か、と訊いた。

 「社長や」

 このときから重信少年は将来自分は社長になると決めた。

 この頃は朝鮮戦争の後で、日本は特需にまだ沸いていた。友人の父親は、繊維か鉄鋼であてて、一気に財をこしらえたものなのだろう。だが、「社長」の意味を知らなくても、少年ははっきり目標をつくり、それを小学校4年のとき、将来の希望という作文に書いている。

 級友は機関士だの、バスガイドだのと書いていた。その中で「社長」という一文は先生の目をひいた。

 「なんで社長なんや」

 「社長の息子がうまいものを食っていた」

 その目標がだんだん現実化して、28歳の独立にたどりつくのである。小学生のときに、夢とか、希望ではなく、すでに明確な目標になっていたのである。

 「でもね、中学の時の第1志望はやくざの組長だった」

 ここまで話していた永守さんが、突然、妙なことを言い出した。永守さんは「ホラ」はふくが、冗談はいわない人である。なにを言い出したのか、と思っている私に、真顔で説明しだした。

 「やくざの組長が第1志望、第2志望が労働組合の委員長、第3志望が社長だった」

 中学2年生のとき、父の末次郎さんが亡くなった。それからは23歳年上の長兄が父親代わりになった。

 その兄から小遣いをもらうと、まず映画館にいった。封切り館ではなく、3本立ての映画館である。それを3館はしごした。

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