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夢を追いかける仁侠の人(その5)

日本電産社長・永守重信 ―― 変人の信念

  • 高橋 三千綱

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2006年9月15日(金)

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 ティアックに入社してサラリーマン生活を始めた永守重信氏には、少年の頃から「社長」になる、「モーター道に生涯を捧げる」という決定事項があったから、ここも3年勤めたら辞めるつもりでいた。

 1社を3年間勤め、4社合計12年勤めたら独立する。そう決めていた。それが、2社目の山科精器を退社して独立することになったのは、ふたつの会社のオーナー社長から、

 「君は今の会社の尺に従うか、さもなくば独立するしかない。もうどこへ行ってもお前は務まらない」

と、期せずして同じ言葉を放たれたからである。

 何故そういわれてしまうのか。それを、永守さん自身は、

 「使われ下手」

だった、と表現する。

永守重信氏
永守 重信(ながもり・しげのぶ)氏

1944年8月、京都府生まれ。62歳。67年、職業訓練大学校卒業後、メーカー勤務を経て、73年に日本電産を創業。精密小型モーターを主力に80年代から90年代のハードディスク市場の拡大に乗って急成長させた。積極的なM&A(企業の合併・買収)を実施。傘下に収めた経営不振企業を短期間に次々と再生してきた。2010年に連結売上高1兆円を目指す。

 「自分の持っている信念に従って行動する。それが他から見ればやりたい放題に映った」

 無責任社員だったわけではない。会社には誰よりも早く出勤し、夜も遅くまで仕事をする。ただし、会社は残業を規制している。永守さんは残業手当を拒否していたが、それでも会社は規則をいいたてて、勤勉な社員を会社から追いたてるように帰してしまう。

 すると永守さんは土、日にもきて仕事をするようになる。やりたい放題というのは、そういうことだ。

 信念ということでいえば、太陽に向かって座るということがある。下宿だけでなく、会社でも机を太陽向きにして座ることに決めていて、それをどこの部署にいっても実践した。

 「その会社にずっといようとか、こいつにゴマをすって、いい点数を付けてもらおうとか、そんな気持ちは全くなかった」

 当然、会社のきまりの範疇をはみだしてしまうし、上司とも衝突することになる。

 「上司には逆らっていない。意見をいっているだけだった」

 だが、命令を聞かない部下を抱える上司にとっては、いくら優秀でも目障りな存在になる。

 「平穏無事な部門に君がくると、静かな海が嵐になる」

 そう上司にいわれた。そうではない、それはものの考え方の相違だ、と永守さんは思ったが、自分を受け入れてくれる会社はもうない、と悟った時点で、独立することにした。

 ――しかし、組織にいる者にとっては、永守さんは変人だったのではないですか?

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