職業としての「社長」を自ら選び、活躍している人をお招きし、将来、経営層を目指す人々に、自身の経験を語って頂くトークセッション「Road to CEO」。
今回は、従業員数20名以下の中小企業を中心に、IT関連のさまざまな経営支援サービスを行うテレウェイヴでCEOを務める、齋藤真織氏をゲストに迎えた。

齋藤氏は大学卒業後、今は新生銀行と名を替えた当時の日本長期信用銀行に入行、外資系証券のメリルリンチを経て、2000年に同社に入社、昨年、同社CEOに就任した。
六本木の水商売にはまった学生時代から、長銀時代のエピソード、個性の強い異端児のもとで働くようになった経緯を伺ううちに、「自分は51歳で死ぬ」という衝撃的な発言まで飛び出した。その模様を生の言葉でお伝えする。
司会は日経ビジネスオンライン副編集長の山中浩之と、インディペンデントコントラクター協会理事長を務め、様々な企業経営の現場に立ち会ってきた秋山進氏。テーマ別に5回に分け、本日から隔日掲載する。
![]()
(司会、山中、以下Y) 落ちているものを拾うのがお好き、とお聞きしたんですが。
小さいころから、よく道端に落ちているものを拾って、おふくろに怒られていました。16年間、社会人生活をしてきて、落ちているものとか、人が触らないものを工夫して価値のあるものにできないか、というのが僕の考え方のベースなんです。
Y 今でも取ってあるものってありますか。
はい。幼稚園のとき、初めての遠足で拾った貝とか。
Y それはまた…。何か役立つだろうと思って拾われるんですか。
たぶん、“落ちているもの好き”だと思うんですけど(笑)、強迫観念ですね、拾っちゃうんです。拾った後、何か役に立たないかとしつこく考えるんです。
Y 大学は上智に行かれ、国際法を専攻されて。
はい、少子化担当相(インタビュー当時)の猪口先生のゼミでした。
Y 大学時代、ほかにどんなことをなさったんでしょうか。
まったく正反対のことを申し上げるようですけど、大学時代は7割以上、六本木で生活していまして、家にも帰らず。
当時、パーティー券を販売して生活の糧にするという、ふらちなサークルがたくさんあったんです。そういう方向に足を半分、残りの半分は、水商売に入っていて、夜半から朝6時になると、CNNというアメリカの情報番組(を編集する会社)で働いてました。JCTVという制作会社ですが、アシスタントディレクターのさらにアシスタントです。灰皿とかビデオテープががんがん飛んでくる世界ですけど、そこで夜から明け方まで生活する生活を送っていました。
Y 寝る暇がない。
そうですね。学校に行って、出席の返事だけして、寝ているのが普通でした。
資金繰り勉強のため銀行へ就職
Y 水商売というのは肌に合ったんでしょうか。
大好きでしたね。夜になると、社会的なことがまったく関係なくなるんです。1人の男とか女とか、すごく身近になる。いろいろな人たちと知り合ったし、いろいろなことも教えてもらった。結局、大学3年生の途中から、“なんちゃってベンチャー”を始めるんですけど、そこで出会った人たちから教えてもらったことがとても役に立った。
Y 事業家とか社長になりたいと考えていたということでしょうか。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。




からのご案内




