• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

【商う外国人】公共事業では人が育たない
~「アジアンコミッション」その4

  • 和良 コウイチ

バックナンバー

2006年11月20日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

第3回から読む

 アジアンコミッション代表の菱垣氏は、農林水産省、国連コンサルントで数々のプロジェクトに参加してこの事業(フィリピン人のIT技術者派遣業)を立ち上げた。素人からすれば、いずれも十分にやりがいのある現場であるように見える。それらをあえて投げ打って、現在の仕事を立ち上げたのはなぜか?

-----------

―― そもそも、フィリピン人に特化して採用しているのはなぜでしょう。

菱垣 会社を起こす以前、僕は農水省の役人として、その後は国連コンサルタントとして、開発の仕事を中心に手がけてきました。

社内の打ち合わせの様子
社内の打ち合わせの様子

 リクルートする国をフィリピンから始めたのは、国連時代のプロジェクトを通して現地で信頼できるパートナーに出会うことができたから。人材の質としては、非常にレベルが高いし、日本人と調和を持った仕事ができる人たちだと思っています。

―― 菱垣さんは明治大学の農学部出身で、卒業後に農林水産省に入られた。もともと目指しているものがあったんですか?

菱垣 僕がやりたかったことの1つは、物理です。宇宙飛行士になりたくて、物理学を専攻しようと思って大学受験のとき物理学科を受けたんです。

 もう1つは、ちょっと文学的な興味から農業開発を勉強したかった。僕は東京育ちで全然農業と縁がなかったんだけれども、『ファウスト』でファウスト博士がやったのは農業開発や干拓だったし、『カムイ伝』には農業開発の天才の正助というヒーローが出てきます。そういった本やマンガを読むと、農業開発って面白い仕事じゃないかなと思いましたね。

 結局、試験で物理のほうが落ちたので、自動的に農学部に行った。専攻は農業土木という農業開発専門の仕事だったので、卒業後は農水省に入ったというわけです。

―― 農水省を辞められたのはなぜですか?

日本では仕事がその先に続かない

菱垣 日本国内で新しい農地を造る、ダムを造る、灌漑をやるという仕事自体が、日本の中で必要なくなってきていました。僕たちよりも1世代、2世代前の人たちは、その仕事に全力で体当たりできたと思うんですけど、僕たちのときはかなり沈滞していて、「こんな仕事が必要なのかな?」という思いもありました。諫早湾干拓がいい例です。

 僕は、徳之島の農業改革事業という、おそらく日本で最後に残っていたダイナミックな事業を3年担当させてもらって、年間で25億円ぐらいの公共事業で農業開発を手がけた。でも、一生懸命、ダムや農地を造っても必ずしも地域の経済発展につながらない。だから、それが終わったところで、もう続ける気持ちが持てなかったんですよ。

―― 官僚は菱垣さんの性格に合わなかったんですか。

菱垣 性格的には向いていたと思うけれども、入った時期や雰囲気があまり合わなかったんじゃないかな。じゃあどうするかと考えたときに、途上国なら農業開発ができると思ったんです。

―― それで、国連機関で仕事をしようと思われた。

菱垣 はい。ただ、そのためにはもうちょっと知識や語学、それに修士号も必要だということで、役所を辞めてけじめをつけてから、カナダのマクギル大学に留学しました。

―― どうでした?

菱垣 カナダでは、真面目にやっているからと学費をまけてくれてほとんどタダで済みました。その上、経済分析やリサーチをやると何万ドルかの報酬がもらえました。すごく楽しかったし、恵まれていたと思います。

―― 1997年から独立開発コンサルタントということですが、これはカナダで?

「EXPRESS X」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長