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日付の入らない夢を見る人(その5)

ワタミ社長・渡邉美樹 ―― 劇的な出会い

  • 高橋 三千綱

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2006年11月24日(金)

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 若い時代の経験は貴重である。ぼんやり過ごした人には、それだけの人生しか与えられない。人を苛(さいな)むことで快楽を得ていた人は、以後、それに対する代償を払って、苦吟する人生を強いられる。

 大学時代、美樹さんは「横浜会」に身を投じることによって、仲間の大切さを知った。組織を動かすには、根底に共通した目的意識が必要不可欠であることを知った。そして、夢を持つことで、人は自分を変えられるし、ひいては、人間性をも高められるということに気づきだした。

 ただひたむきに、「孤児たちとふれあいを持とう。何か助けられることをしてあげたい」と願って、もがくように動き回るうちに、多くの「出会い」を持つことになった。

渡邉 美樹氏
渡邉 美樹(わたなべ・みき)氏

1959年神奈川県生まれ。明治大学商学部を卒業した後、経理会社に半年間勤務。その後、佐川急便のセールスドライバーとして働き、独立資金を貯める。84年、渡美商事を設立。86年、ワタミを設立し、翌年、ワタミフードサービスに社名変更。96年に店頭上場し、2000年に東証1部上場。2005年春、ワタミに社名変更。

 人生で、もっとも大切なこととは、「出会い」である。それは人だけではない。あらゆる出来事、事象との出会いが、その人の運命を左右し、人の価値を決めることになる。

 小学生5年のときに、将来は社長になろう、と決めた美樹さんだったが、それは自分たち一家に、理不尽な運命を与えた世間に対する怨みから出ていた。

 しかし、「横浜会」で、多くの仲間と出会ううちに、そんな敵討ちめいた思いで頂点をめざすのは、間違いだ、と分かってきた。

 では、具体的に、どんな仕事をしようとしていたのか。それを決めるために大学にいったわけだが、明確にコレだという経営分野を見定めていたわけではなかった。

 「ひとつは外食産業、もうひとつはコンピューター業界でした。でも自分で経営者になることを考えていたわけですから、それには資金、情報が必要で、それがないぼくには、大企業には勝てない。勝つには『人』という要素で立ち向かうしかないと考えていました」

 そう気づかせてくれたのは、大学の近くの一膳飯屋のおばさんだった。近くに大手外食チェーンがあったが、そこより先に、この一膳飯屋がいっぱいになる。顔を出すと、

 「渡邉君が退学になっていなかったお祝いに、大盛りにしてあげる」

 と、いって飯や野菜を大盛りにしてくれる。といっても、他の学生もみな大盛りなのだから、愛想で気持ちを豊かにさせてくれるだけなのだ。しかし、それがサービス業だと思った。

 「おばさんひとりで、大手外食チエーンに立ち向かっている。この命がけの姿勢が、サラリーマンでしかない大手の店長をうち破っている。これが『人』なんだと分かった」

 一方で、世界を見る必要を感じて、大学を卒業する前に、美樹さんは世界一周の旅に出る。寝袋を担いだ貧乏旅で、東南アジアから東欧諸国を始めとしたヨーロッパ、ソビエト、アメリカと回った。かわいい女性との触れあいもあったが、それはやがて、淡い思い出の彼方に消えた。

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