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日付の入らない夢を見る人(その6)

ワタミ社長・渡邉美樹 ―― 快進撃、そして、挫折

  • 高橋 三千綱

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2006年12月1日(金)

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 「つぼ八」の石井誠二社長は、北海道で、わずか8坪で始めた居酒屋を、関東にのびるチェーン店に仕上げ、さらに戦国武将よろしく、全国に勢力を広げている立志伝中の人物だった。

 その石井社長から、

 「君の計画はずさんで、経営のノウハウも持ってない。そんなライブハウスはだめだ。『つぼ八』のフランチャイズ・チェーンから始めてみろ。ここで居酒屋経営のすべてを学べ。夢を語るのはそれからだ」

 一度は憤慨した美樹さんだった。眼光鋭い石井社長の気迫にたじたじとなった。それで一度の面談で、その人物のスケールの大きさを感じ取った美樹さんは、ライブハウスの計画をとりやめて、「つぼ八」のフランチャイズ・チェーンになることを決めたのである。

 まさに嵐のような出会いであり、竜巻に巻き込まれたような感じだった。たった一度の出会いで、夢を潰されたが、美樹さんにとっては、目から鱗が落ちる思いのする1日となった。そして、それまで感じたことのない、未知への挑戦への、新鮮で身の引き締まる思いを抱きはじめた。

渡邉 美樹氏
渡邉 美樹(わたなべ・みき)氏

1959年神奈川県生まれ。明治大学商学部を卒業した後、経理会社に半年間勤務。その後、佐川急便のセールスドライバーとして働き、独立資金を貯める。84年、渡美商事を設立。86年、ワタミを設立し、翌年、ワタミフードサービスに社名変更。96年に店頭上場し、2000年に東証1部上場。2005年春、ワタミに社名変更。

 まず、直営店の中から、借りる店を探すことにした。これには選択肢が、高円寺と立川の2つに最初から絞られていたので、決定は案外簡単だった。

 美樹さんたちは、立地条件のいい、高円寺北口の「つぼ八」直営店を、居抜きで借りることにした。まあまあの営業成績だったが、さらなる繁盛が見込める店で、ここを与えたくれたのも、石井社長の心意気だった。

 若い連中の友情と気概に、心を揺さぶられたせいだろう。最初から、失敗させたくない、という気持ちが働いたのかもしれない。

 美樹さんは1984年4月に有限会社渡美商事を設立し、「つぼ八」本部とフランチャイズ契約を結んだ。

 営業譲渡金は5000万円。2900万円は昭和リースから融資を受け、2000万円は、石井社長の紹介で、「つぼ八」と取引をしている酒類販売店の塩田屋が融資してくれた。

 その翌月、渡美商事の1号店となる、高円寺北口「つぼ八」が出店となった。「ワタミ」が大海に向かって出航した瞬間だった。

 社員は美樹さんのほかに中、高校時代の親友、黒澤真一さんと、高校の友人、金子宏志さん。それにのち妻となる洋子さん。まず、この4人で店の近くの二間のアパートを借りて共同生活をはじめた。その後アルバイト学生だった橘内稔さんが、居候として転がり込んできた。彼は数年後に、「和民」のフランチャイズ1号店のオーナーとなる。

 みんな、しゃにむに働いた。お客さんへのサービスとはどういうことか、美樹さんは横浜のクラブでボーイとして接客していたときの経験をもとに、徹底的に他のアルバイトにたたき込んだ。

 店の看板も内装も、そしてメニューも元のままだった。だから、売り上げをあげるには、働いている「人」の気持ちを変えることしかなかったのである。

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