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日付の入らない夢を見る人(その7)

ワタミ社長・渡邉美樹 ―― 死ぬか生きるか

  • 高橋 三千綱

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2006年12月8日(金)

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 これまで、順風満帆に生きてきたように見える美樹さんだが、それは彼の明るさとたくましさから感じられるもので、実は危ないときもあった。というより、すべてに順調にこられた人など、そういるものではない。当然、美樹さんにも会社の危機を目前に控えたときがある。

 「これまでに、もうだめかもしれないというときが、3回ありました。会社の資金繰りがつかなかったという意味での3回です」

 最初に始めた「つぼ八」のフランチャイズチェーンは大変な売り上げを記録した。その勢いのままに、お好み焼きハウス「唐変木」を関内駅近くにおよそ4000万円つぎ込んで始めた。これは、フランチャイズチェーンとは異なり、美樹さんが始めて手がけた自前の店である。食材からなにまで自分で選ばなければならない。

渡邉 美樹氏
渡邉 美樹(わたなべ・みき)氏

1959年神奈川県生まれ。明治大学商学部を卒業した後、経理会社に半年間勤務。その後、佐川急便のセールスドライバーとして働き、独立資金を貯める。84年、渡美商事を設立。86年、ワタミを設立し、翌年、ワタミフードサービスに社名変更。96年に店頭上場し、2000年に東証1部上場。2005年春、ワタミに社名変更。

 この店がきっかけとなって、日本製粉との取引が、その2年後に始まることになる。だが、結果的には、この店は悪くはなかったが、それほど成功しなかった。

 4店目は上大岡の白札屋である。ここはサントリーのチェーン店であり、立地条件はよかったが、サントリーが狙っている客層とは店の雰囲気、料金が違っていた。いわゆる看板料は必要なかったが、1億円の投資をした株式会社ワタミフードーサービスは、わずか半年で撤退することになる。

 「この“4店目”の上大岡の店は、会社を倒産の危機にまで追い込みました」

 語り口は普通だが、美樹さんにとっては、死ぬか生きるかの瀬戸際だったのだろう。話している美樹さんの口元がゆがみ、目元がくもる。

 この店を、「つぼ八」のフランチャイズ店に業務転換するには、営業権、改装費などで2000万円の資金が必要になる。それで、かねてから付き合いのある三菱銀行高円寺支店に融資の依頼にいったら、支店長から、けんもほろろに断られた。白札屋の失敗が理由である。

 それどころか、後日、居留守をつかわれた支店長に代わって出てきた営業課長から、

 「あんたの人間的な器では、3店舗が限界だよ」

と、あからさまにののしられた。しかし、そのままでは会社はつぶれてしまう。必死でお願いしたが、銀行は冷酷だった。勝手につぶれろという対応だったのである。

 美樹さんは、このときのことを、ある講演会でこう語っている。

 「計画に対して未熟だといわれるのなら我慢できます。そうではなくて、人間の器が浅いといわれてはなにも返事ができません。いままで生きてきて、このときほど悔しかったことはありません」

 銀行を出た後、美樹さんは、高円寺の商店街を歩きながら、ぽろぽろ流れる涙をとめることができなかったという。

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