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時代を超えた会社を造る人(その1)

サイバーエージェント社長・藤田晋――メディアの祝福

  • 高橋 三千綱

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2007年1月19日(金)

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 1998年5月2日のことである。当時、24歳だった藤田晋さんは、その朝、発刊された日本経済新聞の朝刊を一読するなり、三軒茶屋のワンルームを転げ回って大喜びした。

 新聞には「好きな仕事を自由に楽しみたい」という見出しに続いて、こんな記事が書かれていた。


 東京・渋谷にあるインターネット関連会社の営業請負会社「サイバーエージェント」。社長の藤田晋さん(24)が1年間勤めた人材派遣会社を辞めて、4月に設立したばかりの新顔だ。
 藤田さんは学生時代から、自分で事業を始めたいとの希望を持っていた。アルバイト先の広告代理店社長が27歳で独立したという話を聞き、「起業を身近に感じていた」ためだ。
 大手メーカーに勤める父親がリストラの憂き目に遭うのをみて、「大企業への就職が必ずしも人生を保証しない」と、強く感じていたこともある。
 ただ、収入の悪化などは避けられない。藤田さんの場合、サラリーマン時代には年収が400万円だったが、現在は月200万円の売り上げで、収支トントンという厳しい状況だ。食べていくのにぎりぎりの水準という。
 それでもあえて自ら会社を興す道を選んだのは「サラリーマンのままでは、やれる仕事に限界があると思ったから」と説明する。
 「5年後、10年後も同じ仕事をしているかどうかわからない」と藤田さん。仲間とつくった自分の会社だからこそ、「新たな仕事に興味を持ったら、迷わず取り組んでいきたい」と柔軟に構えている。
 午前9時に出社。帰宅は午前3時を回ることも少なくない。過密なスケジュールで営業に飛び回る毎日だが、「仲間と好きな仕事をやれている。苦労だなんて思わない」と笑う。


 この記事が出たのは、藤田さんが会社を興して1カ月後のことである。若き社長の貫禄を示そうと、ときおり気取りながら、それでも喜色満面で取材に応じる藤田さんの表情を彷彿とさせる文面である。

藤田 晋氏
藤田 晋(ふじた・すすむ)氏

1973年福井県生まれ。97年に青山学院大学経営学部を卒業後、人材紹介・派遣事業を展開するインテリジェンスに入社。98年に同社を退職し、サイバーエージェントを創業。社長に就任。クリック保証型のインターネット広告などを柱に売り上げを急拡大させ、2000年3月に東証マザーズ上場

 この記事の効果は絶大だった。4月には、わずか4人の営業マンで始まったばかりの会社としては、及第点ともいえる8件の契約をとっていたとはいえ、相手先のアポを電話で取ることさえ、汲々としていたのである。

 それが、この記事が出た朝から、様々な電話がかかってくる。代表的な電話の内容は、

 「インターネットでサイトを運営しているが、営業がうまくいっていない。御社で営業部門を引き受けてくれないか」

 というものだった。

 メディアの力というものは、恐ろしいものである。この記事が出ただけで、小舟で航海に乗り出したばかりの資本金1000万円のちっぽけな会社は、ベンチャー企業として名乗りをあげたばかりか、社会的に信用を得てしまったのである。さすが日経である。業界誌では、そうはいかない。

 こういうことには、タイミングと運が必要である。

 記者に、「こういう若者がこんな会社をやりだした」と、藤田さんのことを話したのは、前に勤めていた「インテリジェンス」の当時の副社長だった。それもわずか10カ月でやめた会社だった。

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