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夢とは、孤立無援でも語るもの

(高瀬鉄工所の巻:後編)

  • 双里 大介

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2007年2月9日(金)

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(文中敬称略)

 鉄工所を営む高瀬が39歳にして初めて手にした「夢」、それはエスカルゴの養殖。フランスへ出向き、苦心して手に入れた7匹のポマティアと卵。高瀬は「三重エスカルゴ開発研究所」を設立、鉄工所の裏側にハウスを作り養殖を始めた。

エスカルゴの養殖に関する研究データを記録し続けている。

エスカルゴの養殖に関する研究データを記録し続けている。

 成功事例もなければ、資料もない。養殖箱を寝床に持ち込み、交尾回数をメモした。孵化の状態を見るために顕微鏡を買い、その様子をスケッチし続けた。温度や湿度の違いで成長がどう変わるのか、毎日データを記録した。あらゆる葉を飼料として与えてみた。時にはコーヒー豆やブドウの葉を、馬糞や牛糞を与えたこともあった。小さな娘は、そんな父の姿を見て言った。「お父さんが、かたつむりを飼いはじめたよ!」。

 すべて独学だった。「エスカルゴの養殖を成功させたい」という執念。小さな手がかりでも何か得られると聞けば、何度もフランスへと足を運んだ。フランスの森の自然環境を再現した養殖棟は、いつしか鉄工所の広さと同じほどの規模に拡大していった。鉄工所の経営者は、自分の手づくりで養殖棟を組み上げていた。養殖実現のために投資した金額は、これまでに約7億円。鉄工所で得た利益をほとんど費やしてきた。「社長は何をやってんだ!」と鉄工所の社員から不満の声が上がったこともある。

エスカルゴ牧場。休日には観光バスで1日約100人ほどが訪れる

エスカルゴ牧場。休日には観光バスで1日約100人ほどが訪れる

休日の牧場内にある「エスカルゴ食堂」。日本ソムリエ協会や、海外から一流のシェフがしばしば訪れている

休日の牧場内にある「エスカルゴ食堂」。日本ソムリエ協会や、海外から一流のシェフがしばしば訪れている

 それでも、高瀬はやめなかった。7匹が1000匹になり、1000匹が1万匹になり、「三重県にあるフランスの森」に棲むポマティアは、少しずつその数を増やしていった。養殖の成功を確信した高瀬は、鉄工所の向かいに「エスカルゴ牧場」を建設。エスカルゴを食べられるレストランと販売店をスタートさせた。

 「本物のエスカルゴの味を知っている人は、日本にほとんどいない」と高瀬は言う。市場に出回っているエスカルゴは、フランス以外から輸入されている代用品。しかも、かつて高瀬が「食べる気がしない」と思った缶詰状態で流通しているケースが多い。日本だけでなく、数十年前にポマティアが絶滅の危機に瀕して以来、フランスの三ツ星レストランのシェフでさえ「生きた本物のエスカルゴ」を調理した経験はないだろうという。もちろん、高瀬とて生きたエスカルゴの調理方法は分からない。

 せっかく本物のエスカルゴを養殖しても、その食べ方がわからなければ「本物の味」を堪能することができない。高瀬は「エスカルゴの調理方法」も丹念に調べていった。

 フランスから文献を取り寄せ、妻と何度も試行錯誤を繰り返し、最も味を引き出すことのできる調理方法を研究。時間を見つけては海を渡り、エスカルゴ料理を食べ歩いた。

 生きたエスカルゴをそのまま水からボイルする。65度くらいになった時点で殻から身が抜ける。わたを取り除き、塩水で洗い、白ワイン、玉ねぎ、トマトなどの野菜に、ワインを継ぎ足しながら2時間煮込む。その後、レモン汁に漬け込み、最後に殻へと戻せば、エスカルゴ料理が出来上がる。ちなみに、ポマティアの身は、缶詰のように黒っぽくはなく、アーモンドのような濃茶である。

食パンにのせて食べる

食パンにのせて食べる

ソースも高瀬が作り上げた。使用するパセリなどの野菜も自らで育てている

ソースも高瀬が作り上げた。使用するパセリなどの野菜も自らで育てている

 エスカルゴ牧場のオープン以降、日本の名だたるレストランのシェフも足を運んでいる。実際にエスカルゴを購入していったシェフもいる。「本当においしいエスカルゴでした」と手紙をもらうことも多い。しかし、その感想とは裏腹にリピートの数は少ない。ほとんどが“1回きり”なのだ。高瀬は嘆く。「生きたエスカルゴを扱うのは、難しいし手間も掛かる。結局、簡単に調理できる缶詰のほうが使いやすいということだろう。このままではいつまでも“本物”を口にすることはできない」。

 世界初の成功は、フランスでも驚きをもって迎えられ、現地では「高瀬は間もなく世界の資産家になるだろう」と称賛された。しかし、この「世界初」は急速に広まることなく、足踏み状態が続いている。国内でもエスカルゴの存在がクローズアップされることはなく、レストランでは今も缶詰の代用品が用いられているケースが多い。

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