柳沢大臣の失言騒動は、この国のありようを推し量るうえで大変興味深い。「女性は子供を産む機械」「結婚して子供を2人ほしいという健全」と発言してしまった人を怒るのは簡単だ。または、「もうあれだけ謝っているのだから・・・」と許すのも簡単だ。しかし、この一連の騒動からは、この国の混迷が見えてくる。
「普段はそんなことを言う人ではないから驚いた」とは与党議員の発言だった。おそらく大臣のパーソナリティーの意外性が、今回の騒ぎに拍車をかけてもいるだろう。ここに1つの混迷がある。
なにもマッチョなタイプだから女性差別発言をするとは限らない。マッチョな人も、そうでない知的で温厚なタイプも、どんな人の心の奥にも入り込んできたのがこういった発想だ。極論を言えば、女性の中にだって似た発想の人がいる。
結婚したら「子供は?」と連呼し追い詰めるのは姑の仕事だ。産んだら産んだで「2人目は? ひとりっ子は可哀想」という近所の女性もしかり。「私は子供を産む機械か!」と自虐的に“突っ込んだ”経験のある女性は少なくないだろう。
そういう意味では、柳沢大臣の発言は衝撃性があるわけでも意外性があるわけでもない。女性たちが昔から身に染みてきた1つの考えが、“大臣”からも改めて聞かされたということだ。
「実際、大臣には娘さんがいる。その子供を育児支援もしている。決して心からそう思ったわけではない」といったフォローがあった。これも混迷を表わす。
大臣はおそらくは家ではいいおじいちゃんなのだろう。しかし、世の中には娘を溺愛する女性差別主義者もいる。いや、女性差別主義だから娘が特に可愛くなることもある。自分の孫を支援するというどこにでもある光景をもって、社会的失言が相殺されるとも思いにくい。妻がいれば、娘がいれば、差別主義者ではないとする理解は安直だ。妻と娘に絶望されている孤独な夫は、今時めずらしくはない。
そんな大臣に「即刻辞任を!」。果たしてそれで解決するだろうか。
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