• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

時代を超えた会社を造る人(その5)

サイバーエージェント社長・藤田晋 ―― 背後からの眼差し(1)

  • 高橋 三千綱

バックナンバー

2007年2月16日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 「インテリジェンス」に入社した藤田さんは、猛烈に働いた。本人は、「ただ夢中にやっていただけ」というが、傍目には、昼夜、週末を問わず、しゃかりきになって働くモーレツな営業マンと映ったようだ。事実、藤田さんの営業成績は、同期では群を抜いていた。

 その藤田さんが「起業」を思い立つのは、1本の電話がきっかけだった。それも入社した年の12月のことである。まだ、正味8カ月しか働いていなかった。

 「渡辺専務がやめることになるらしい」

 それはオックスプランニングセンター(現オックスプランニング)で働いていた、親友の中山伸之さん(現リプライオリティ社長)からの電話だった。その頃、オックスでは、取引会社との企業手法に関して、社長と渡辺義孝専務らの役員との間で齟齬が生じ、そのため会社は内紛状態になっていた。

藤田 晋氏
藤田 晋(ふじた・すすむ)氏

1973年福井県生まれ。97年に青山学院大学経営学部を卒業後、人材紹介・派遣事業を展開するインテリジェンスに入社。98年に同社を退職し、サイバーエージェントを創業。社長に就任。クリック保証型のインターネット広告などを柱に売り上げを急拡大させ、2000年3月に東証マザーズ上場

 中山さんから話を聞いた藤田さんは、すぐに渡辺さんに電話をかける。何事も、

 「直感が優先するんです。そのあとで論理つけていくという形で、辻褄を合わせることもありますね」

 という藤田さんは、このときも行動が早かった。就職に際しては、恩人の渡辺さんを裏切ってしまった、という忸怩たる思いがあり、それをまだ引きずっていたにもかかわらず、渡辺さんの退職は、自分にとっては飛躍の好機だと閃いたのである。

 「会って話がしたい」

 という藤田さんの声を8カ月ぶりに聞いた渡辺さんは、よし、会おうと答える。2人はその年(1997年)の12月25日に表参道の和食屋で会う。

 そのとき、藤田さんは、「中山と3人で会社をつくりませんか」と渡辺さんに持ちかける。年商10億円の会社を、ゼロから立ち上げた渡辺さんの経験は貴重だった。その渡辺さんを社長にして、藤田さんと中山さんが脇を固めるという計画だった。

 起業熱に取り憑かれた若者の、無謀な計画をぶつけられた形になった渡辺さんだったが、そのときの心境を、私へのメールで、こう伝えてくれた。

 「このまま(社長と)一緒にやっていけるか揺れていた時に、噂を耳にした藤田が『専務、メシ行きませんか? 噂は聞いてます』と誘ってきました。会ってみると『専務との約束どおり、インテリジェンスでトップ営業マンになりました。もう得るべきものは得たと思うので、一緒に起業しませんか?』と単刀直入に誘ってきました。その言葉で自分の迷いも吹っ切れて『大変だけどお前とならやっていけるよな』と答えていました」

 「それから藤田が当時インテリ(インテリジェンス)の社長の宇野さん(現USEN社長)から引き止められるまで『何をやるか』については何も決まってませんでした」

 「何をやるか」については、何も決まっていなかった、というのは、渡辺さんが私の質問に答えてくれたことである。

コメント2

「珠玉の人生」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官