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世界の匠になった義理人情の人(その2)

岡野工業代表社員・岡野雅行 ―― 一番うれしかったこと

  • 高橋 三千綱

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2007年3月16日(金)

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 岡野雅行さんを、さらに世界の岡野に押し上げたのが、痛くない注射針「ナノパス33」(販売名「マイクロテーパー針」)の開発である。それまでは、先端の直径は0.4ミリのものが主用で、その後、0.3ミリが使われるようになったが、それでも、使用する患者には、若干の痛みがともなった。

 それを、岡野さんは、直径が0.2ミリ、液の通過する針の穴の内径が80ミクロン(0.08ミリ)という、極細の針を造り出したのである。2005年7月から医療機器メーカーのテルモが販売を始めた。

岡野 雅行氏

岡野 雅行(おかの・まさゆき)氏
1933年東京都墨田区生まれ。72年に父親が創業した岡野金型製作所を継ぎ、岡野工業と社名を改める。「痛くない注射針」「リチウムイオン電池ケース」などを開発し、世界中の注目を浴びる。町工場にこだわり、自らを「代表社員」と名乗る

 これは世界で一番細い、インシュリン用の注射針である。蚊が刺したほどにしか感じない、という注射針は、毎日2~3回、インシュリンを注射しなくてはならない糖尿病患者を、苦しみから解放したといわれている。

 その技術力を聞き及んだ小泉前首相が、首相時代の2006年1月18日に、岡野工業を表敬訪問した。そのとき、注射針を実際に腕に刺して、「痛くナーイ」発言をして、総理の庶民人気に拍車がかけられたものだった。いかめしい男たちが、狭い工場を徘徊する姿は異常な光景であったが、そのときの様子がワイドショーでも放映されると、テルモには、痛くない注射針の注文が殺到した。

 それ以前から、敏感な兜町は、テルモ株に反応していたが、その放映以降さらに注目しだし、ナノパス発売後、1年間で1.3倍の株価をつけるようになった。その話をすると、「そうだなあ。大谷内(哲也さん。テルモの注射針開発のリーダー)がうちに初めてきた頃は、テルモの株は1600円だった。そのとき、うちは2番手の会社だといっていた。今は4800円の株価がついているのかな」(注)。

 こんな話を岡野さんとするのは、実際にお会いしてからなのだが、取材の前の私は、なんとなくユーウツだった。工場は、墨田区東向島にあり、京成押上線八広駅から5~6分歩いたところにある。

 その地域に来たのは、東京に住んで50年以上になるのに、初めてだった。向島で、芸者さんの踊りを見ながら酒を飲むことはあっても、工場地帯に足を踏み入れることはなかったのである。

 ただ、私を鬱々とさせていたのは、見慣れない、なんとなく平べったい町並みの風景が原因ではなく、持参してきた注射針だったのである。

 数年前に糖尿病と診断されて、入院生活も送ったことのある私は、1年ほど前から、インシュリン注射を打つようになっていた。私の場合は、毎朝、1度で済んでいたのだが、それでも、ひとりで朝食前に、注射の準備をするときは、いつも気が滅入った。

 痛いのである。注射が。最初の頃は、わき腹に注射針を向ける手が震えた。やっとの思いで射しても、液を抽入しおわるのに数秒間かかる。それに我慢できなくて、早く針をぬいてしまうため、治療の意味がなくなってしまうのである。

 そういうことが重なっていくと、わき腹には、内出血の跡が歴然となって、針を刺す場所がなくなってしまった。

 とうとう耐え切れなくなって、医者に、インシュリン注射をやめて、投薬に変えてくれと申し出た。医者は了解してくれたが、それは、やせ馬をひっぱたいて走らせるのと同じで、さあインシュリンを出せ、といってすい臓を鞭打つようなものだ、といわれた。

 岡野さんの工場に向かう頃、私は、最終目標を自然治癒において、インシュリン注射から、投薬に切り替えたばかりだったのである。それも、注射が痛いのがつらかったのである。そして、自分が使っていた針こそが、「痛くない注射針」だと思い込んでいたのである。

 憂鬱の原因はそこにあった。岡野さんと会って、「痛くないというけど、実際は痛えんだよ」とは、いえない。

(注)インタビューは昨年12月上旬に行った。3月13日のテルモ株は終値が4340円

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