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自分で価値をつくっていかないと明日はない

~ルイ・ヴィトン ジャパン カンパニー プレジデント&CEO 藤井清孝氏(1)

2007年3月27日(火)

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 職業としての「社長」を自ら選び、活躍している人をお招きし、将来、経営層を目指す人々に、ご自身の経験を語っていただくトークセッション「Road to CEO」。

 今回は、ルイ・ヴィトン ジャパン カンパニーのCEO、藤井清孝氏をゲストに迎えた。氏は、東大法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、ハーバード大学でMBAを取得。ファースト・ボストン ニューヨーク本社、ブーズ・アレン・ハミルトン取締役副社長、日本ケイデンス・デザイン・ システムズ社とSAPジャパンの代表取締役社長を経て、2006年より現職という経歴をもつ。

ルイ・ヴィトン ジャパン カンパニー プレジデント&CEO 藤井清孝氏

 コンサルティングビジネス創世記の話から、ハーバードへのMBA留学、札束飛び交うウォール街最前線、経営者として成功するポイントまで、存分に語っていただいた。その模様を生の言葉でお伝えする。

 司会は日経ビジネスオンライン副編集長の山中浩之と、インディペンデントコントラクター協会理事長を務め、様々な企業経営の現場に立ち会ってきた秋山進氏。テーマ別に5回に分け、火・木曜日に掲載する。

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司会、山中(以下Y) 東大を出られて就職先としてマッキンゼーを選ばれたわけですが、当時のマッキンゼーはどんな印象だったんですか。

 1981年当時、(既卒の)MBA取得者は年に1人か2人採っていましたけれども、学卒は積極的にはリクルーティングしていなかったんです。大前研一さんが支社長になられたばかりで、採用も御自分でやられていたときでしたからね。社員数が14~15人で、世の中に会社も、(コンサルティング会社という)業種も両方とも知られていないときでしたから、親からは勘当、学校の先生からは「頭がおかしくなったんじゃないか」と。

Y 当時の東大で、いろいろな就職口があったと思うんですが。

 我々のころは外資系に行く人はすごく少なかったんです。日本の会社に全部蹴られた人が、浪人して入るイメージがありました。今、外資系のポジショニングを見ると、たかが30年ぐらいの間にこれだけ変わったのかと思いますね。

Y そもそも藤井さんが、相当の変わり者だったんでしょうか。

 当時、商社と銀行から内定をもらい、それとマッキンゼーで考えていました。もともと商社マンになりたかったので、最終的に商社とマッキンゼーで迷ったんです。

 マッキンゼーが、なぜそもそも浮かんできたかというと、そのころからビジネススクールに行きたかった。同じ行くんだったら、それなりに名前が通ったところと思い、ビジネススクールの卒業生がどういうところに就職するか、調べてみたんです。そうすると投資銀行とコンサルティング会社でした。そのころの投資銀行はコンサルティング会社ほど人気がなかった。マッキンゼーは日本にも支店があるということで、こちらから門をたたいたということです。

Y 当時、どんな方がおられたんですか。

 銀行や商社のMBA取得者が来ていました。「これはいわゆる、組織の人間じゃないな」という人が集まっていたような気がしますね。

司会、秋山(以下A) ビジネススクールに行きたいと考えたのはきっかけがあるんですか。

 青臭い話だけど、留学という言葉にあこがれていたんです。でも、1~2年、語学留学するだけではもったいない、同じ行くんだったら、後で役に立つものを、と思っていた。

 いろいろ調べてみると、ビジネススクールというのがある。これって、将来使えるかもしれないと、リサーチして知ったんです。アメリカ人の友達に、「お前はMBAを目指せばいい」と言われたんですが、「何、それ?」と。今でも覚えていますけど、MBAって何のことか分からなかったんです。日本の友達にも「ビジネススクールに行きたい」と言うと、「何でタイピスト学校へ行くの」という感じでした(笑)。

 マッキンゼーは金脈にぶつかった感じでしたね。日本の大企業で「ビジネススクールへ行きたい」と言うと、「うちにもそういうOBがいっぱいいるから会ってみろ」と。会ったら、仕事はおそらくできて、それなりに立派な人なんだろうけど、「自分が40代になったら、こういう人になっていたい」という人に会えなくて。

 それでマッキンゼーに行ってみると、「こんな日本人がいるのか」という人がごろごろいたんです。直感的に、「自分がどういう人になりたいんだろう」と思ったら、マッキンゼーに圧倒的にそういう人が多かったですね。

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「自分で価値をつくっていかないと明日はない」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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