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世界の匠になった義理人情の人(その3)

岡野工業代表社員・岡野雅行 ―― 幸運の鈴

  • 高橋 三千綱

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2007年3月23日(金)

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 私の机には、いつもひとつの鈴が置かれている。これは岡野雅行さんから取材の折りにいただいたものだ。そのとき岡野さんは、

 「これは幸運をもたらす鈴だ」

といって、にこにこしながら手渡してくれた。

 鈴は直径が1センチくらいで、指先でつかんで振ると、いつも可憐な音をたてる。上から見るとただの球体だが、底には空気を取り入れて、微妙な音色をたてるための、細い割れ目がはしっている。

 底から見たこの顔が面白い。丸顔のつるりとした異星人が、唇の両端にえくぼをつくって、ニマーっと笑っているように見えるのだ。この鈴を振ると、なんとなくホッとする。なぜだか癒される。鈴とはそういう性格のものらしい。

岡野 雅行氏

岡野 雅行(おかの・まさゆき)氏

1933年東京都墨田区生まれ。72年に父親が創業した岡野金型製作所を継ぎ、岡野工業と社名を改める。「痛くない注射針」「リチウムイオン電池ケース」などを開発し、世界中の注目を浴びる。町工場にこだわり、自らを「代表社員」と名乗る

 一見、何の変哲もない鈴だが、実は、ここに痛くない注射針「ナノパス33」の、開発の秘密が隠されている。

 テルモの注射針開発リーダーの大谷内哲也氏が、岡野さんを訪ねてきたのは、2000年のことである。大谷内さんらは、それまでに、100社以上の会社にあたり、製品化を打診したのだが、どこからも、不可能だ、と断られている。

 針の先端の、液の通る内径がわずか0.08ミリ、外径が0.2ミリ。しかも根元が太く、先にいくほど細くなるテーパー構造の注射針とあって、どこも開発をこばんだ。大谷内さんが、最後に訪ねたのが、下町の、わずか6人の社員しかいない町工場だった。

 ただ、最初のときには、忙しいといって岡野さんは断っている。

 「つくれる予感はあった。ただ、担当者がどういう人間か見極めたかった。いままで、大会社の課長、部長だという人たちに、随分騙されたからね。おれは肩書きで仕事はしないし、ブランドの看板をぶらさげてくる会社とも仕事はしない。インチキな人間を見抜けなかった。でも、テルモの大谷内は、洗いざらい話してくれた」

 この針ができれば、インシュリン注射をしている人が痛い思いをしなくてすむ。自分の会社は、業界2位だが、これが完成すれば1位になれる。世界で最初の痛くない針です。なんとかしてつくりたい。

 そう熱心に話す大谷内さんの態度にうたれた岡野さんは、大谷内さんが、2度目に訪ねてきたときには、あっさり承諾していた。可能性の問題ではなく、担当者の人柄に惚れ込んだのだ。

 「針は細い。1000分の3ミリの誤差しか認められない。でもね、要するに、1枚の板をプレスで切り抜き、そっと曲げていって最後に針にすればいいんだ。いったんできるといったら、おれはやるよ」

 溶接はしない。板の端と端をぴったりとくっつける。想像を絶する微細な作業だが、できると思った根拠は、43年前、31歳のときにつくった、鈴にある。

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