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アメフトも会社も「挫折」から始まった

~CHINTAI社長 石川 貴氏(1)

2007年4月17日(火)

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 職業としての「社長」を自ら選び、活躍している人をお招きし、将来、経営層を目指す人々に、ご自身の経験を語って頂くトークセッション「Road to CEO」。今回は、賃貸情報サービスの老舗で、2005年に賃貸住宅ニュースから社名を変更したCHINTAIの社長、石川貴氏をゲストに迎えた。

CHINTAI社長 石川 貴氏

 アメフト一色だった大学生活を終え、住友銀行に入行するものの、官僚的な組織と仕事に愛想を尽かして転職、以後、オーナー系の急成長ベンチャー、企業情報を扱う外資、人事コンサルと、分野も規模もまったく違う会社を渡り歩いてきた。コンサルタントの営業先として訪問したCHINTAI社に自らを売り込んで入社という離れ業を演じ、現在は同社のCOOとして、プロ経営者としての地歩を固めている。これまでの転職人生を振り返るとともに、創業者と経営のプロとの関係の難しさやモチベーションの持ち方まで、率直に話していただいた。

 司会は日経ビジネスオンライン副編集長の山中浩之と、インディペンデントコントラクター協会の理事長を務め、様々な企業経営の現場に立ち会ってきた秋山進氏。テーマ別に5回に分け、火・木曜日に掲載する。

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アメフトで挫折、銀行でも挫折

司会、山中(以下、Y) それでは早速、銀行に就職を決められるまでのお話から伺おうと思います。

 就職はバブル採用の最終組、平成4年(1992年)です。慶應高校、大学とアメリカンフットボールをやりまして、(アメフトチームの)レギュラー争いを4年になってやっておりまして、就職活動をやり切れておりませんでした。

 その中で、かわいがってくれたアメフトの先輩から「石川、銀行の話を聞いてみろ」と言われまして、住友銀行に行ってみたら高評価で、あっという間に上(の面接)に上げてくれまして、「これもご縁かな」と思って入ったと。

 ひとつ笑い話があります。公定歩合も知らないで入ったので、「すみません、公定歩合って何ですか」と寮の先輩に聞いたら「えっ、君、公定歩合を知らないで銀行に入ってきたの」と言われたんです。「いや、体育会で入りましたから」と答えました(笑)。

Y 特に銀行に行きたかったわけではない。

 そうですね。どちらかというと電鉄や不動産業界を受けていました。ただ、エッジの利いた人たちが好きだったんですよ。当時の住友銀行は親の入れたくない会社ベスト3(野村証券、佐川急便、住友)の一角でしたから、「ちょっと危ない人生もいいかな」と思って入りました。

Y そう思って銀行に行かれる方も珍しい(笑)。アメフトではかなり活躍されたんですよね。

 いえ、高校時代は県選抜にも選んでもらいましたけど、大学1年のときにひざをけがして、大学は結局レギュラーを取り切れませんでした。そのときの悩みというか、経験が今になってみると非常に生きているとは思います。

Y それは挫折の経験ということですか。

 そうですね。そのときまでは順風満帆に来ていた人生でしたが、アメフトのオールジャパンに入れると思っていた大学時代、レギュラーにすらなれなかった。俺の22年間は何なんだと、非常に悩みました。

銀行の悪口言って左遷、最後は喧嘩で退職

司会、秋山(以下、A)当時の住友、いかがでした?

 1カ月間の集合研修の仲間は非常に個性派そろいだったので面白かったです。ただ、銀行の支店に入った瞬間、親方日の丸で、役人以上に役人らしい人ばかりいて幻滅し、それから辞めるまでの4年間は、仕事もろくにできないのに生意気な、ダメなサラリーマンでした。一度、とんでもない格落ちの転勤を3年目に食らいましたけどね。

Y どこへ行ったんですか。

 山手線の外の…とある店です。

Y どうしてそういうことに。

 事もあろうに銀行会館という、銀行の公の施設のサウナルームで、銀行の悪口を言ったんです。当時は銀行の批判をすることで、自分自身の正当性を主張できる気になっていた。当時まだ3年目ですから25歳です。相当、いきがっていたと思います。

 建前上、支店長にこびへつらうような人間性が助長されちゃう部分とか、収益に到底、貢献しない、(銀行内で)点数を取るためだけの普通預金の獲得運動みたいなことを会社としてやる。国に守られているからこんな馬鹿みたいなことができるんだ、大銀行がこんな間違ったことをしたらだめだと、批判したのです。

A お辞めになった決定的な理由は何だったんでしょうか。

 喧嘩です。転勤させられた店で営業に配属されまして、そのときに辞めようと思ったんですけど、ここで辞めたら本当の負け犬になるから、必ず数字を出してやろうというので頑張っていました。3月決算で支店の業績に貢献したら、自分の中で一区切りつけて、辞めた方がいいと思っていました。自己矛盾に悩んでいたので。

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「アメフトも会社も「挫折」から始まった」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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