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オーナー経営者の光と影を見た

~CHINTAI社長 石川 貴氏(2)

2007年4月19日(木)

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職業としての「社長」を自ら選び、活躍している人をお招きし、将来、経営層を目指す人々に、ご自身の経験を語って頂くトークセッション「Road to CEO」。今回は、賃貸情報サービスの老舗で、2005年に賃貸住宅ニュースから社名を変更したCHINTAIの社長、石川貴氏をゲストに迎えた。


CHINTAI社長 石川 貴氏

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司会、山中(以下、Y) 住友銀行の次にエービーシー(ABC)・マート、靴の流通で急成長した三木正浩さんの会社に行かれますが、これはそれこそ「B-ing」で見つけられたんですか。

 いえ。たぶん転職って運命があると思うんですけど、私の実家の住所あてに手紙が来て、その中にエービーシー・マート、当時のITCという会社のDMがあったんです。「私はこんな生き方をして、こんな会社をつくりました。共に経営をやってくれる仲間を探しています」という内容だったんですね。

 僕は(ITCが扱っていた)ホーキンスという靴を知っていましたし、もともと銀行を辞めた後、いつか社長になってやろう。ブランドが好きだからブランディングで食っていきたい、と思っていたので、「この会社は面白い、勉強したい」と、真っ先に応募しました。

 当時40名ぐらい、同じ時期に20代後半から30代後半の方が幹部候補として入りました。

Y 行かれて、石川さんにとって最初のオーナー経営者に出会われるわけですが、どんな方でした?

 「これが創業者というものなのだ」と思ったのは、「何でこの業界で起業したんですか」と質問したんですよ。そうしたら、何と言ったかといったら、「靴メーカーは馬鹿ばっかりだから、勝てるだろう」と。「社長、靴好きじゃないんですか」「好きなわけないだろう」と。それですよ、創業理由が。

 その人がホーキンスという靴を、ロンドンのホーキンスの本社に行って、「俺に日本で代理店をやらせてくれ。俺だったら、あっという間にトップブランドにしてやる」と口説いた。5年ぐらいで本当にトップにし、そして靴流通チェーンとしてエービーシー・マートを築いた。僕が入ったときはたった10年ぐらいでしたけど、もうトップでした。

 創業者は理詰めじゃない。いい計画が作れて、銀行から融資をもらって、顧客を一人ひとり丁寧なプレゼンテーションで口説くんじゃない。「このマーケットだったら俺は勝てる」という切り口、これは素晴らしい。自分はこんな人材じゃない。人間のレベルと質の違いに衝撃を受けました。

毎日が学園祭! 初めて実感した仕事の楽しさ

Y 入社して、看板ブランドのホーキンスをいきなり手掛けられるんですよね。

 はい。入ったのが秋で、冬のキャンペーンのときに三木さんがいきなり「石川君が仕切ればいい」と。キャンペーンのキャの字も分からなかったんですけど、無我夢中で仕切りました。それから半年後ぐらいに主任にしてくれて、「部長と係長は上からサポートするから、お前がホーキンスのブランドを仕切れ」という話になりました。

Y 大抜擢ですね。

 そうですね。当時の私は、ブランドをマネジメントするという会社に入った喜びと、銀行とはまったく違う、カジュアルな格好で行ける会社に行った喜びでいっぱい。しかも若い人ばかりの会社ということで、毎日が学園祭みたいで。

 今も覚えているんですけど、家から出て駅まで自転車なんですけど、立ちこぎしているんです。遅刻じゃない、燃えちゃっているんです。駅の階段も走っちゃうんです。それぐらい会社へ行くのが楽しい。仕事って楽しいんだ、会社って楽しいんだと、社会人になって5年目にして初めて実感し、とにかく働きました。

司会、秋山(以下、A) オーナー企業も仕事がうまくできている間はいいですけど、途中から気に入られなくなったり、「白鳥は黒い」と言われたら「黒いですね」と合わせないといけないとか、そういうのがありますよね。

 そうですね。やっぱり最後も喧嘩して辞めたんですけど、でも、それは余談ですね。業界の破壊者なので、既成の秩序は乱すんです、どうしても。人をあえて泣かすことも、あり得ないような取り引きも現実にはありました。ですが、そうでなければ価格破壊はつくれない。きれい事じゃない。

 「この人の生き方は何なんだ。これは違うだろう。この人に気に入られていても、俺はこの会社でずっとはやれない」と、1年目から思い始めました。社長のことは今も尊敬もしていますけど、自分にはこれはやれないし、やりたくないと思って辞めました。

A そこで学ばれた一番大きなものって何でしょう。

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「オーナー経営者の光と影を見た」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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川野 幸夫 ヤオコー 会長