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“上司学”の嶋津良智さんが
女性キャリア塾をスタート

  • 武位 教子

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2007年4月25日(水)

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 『だから、部下がついてこない!』『あたりまえだけどなかなかできない 上司のルール』の著者、嶋津良智さんの“上司学”が話題になっている。嶋津さんは現在、カルチャー・アセット・マネジメント代表取締役社長兼CEOとして、各種講演やセミナーを開催。経営者や管理職のために独自のマネジメント手法を提案している。24歳の時から管理職として成功や失敗を繰り返してきた嶋津さんの、実体験に基づいたセミナーが、共感を呼んでいるのだ。

 2月から嶋津さんは初の試みとして、女性だけを対象にしたキャリア塾をスタートした。今回は嶋津さんが“上司学”を確立するまでの経緯と、女性キャリア塾開催の趣旨を伺う。

カルチャー・アセット・マネジメント代表取締役社長兼CEOの嶋津良智さん(写真:花井 智子、以下同)

カルチャー・アセット・マネジメント代表取締役社長兼CEOの嶋津良智さん(写真:花井 智子、以下同)

 嶋津さんは、大学卒業後にIT(情報技術)系ベンチャー企業に就職。「株式上場に向けて邁進していた、いわゆるITバブルの時期。会社の成長に人の流れが追いつかなかったのです」。最初の直属の上司だった主任は、嶋津さんと同年の22歳。しかし「この主任の下では、自分が成長できない」と感じ、彼のさらに上の上司に直談判に行った。

 ちょうど編成替えの時期で、1カ月後に新しい主任を迎えることに。「この主任も同い年でしたが、面倒見がよく、仕事の“酸い”も“甘い”も噛み分けた人。仕事はこんなふうにすると楽しいと教えられ、いい上司の下にいると部下は幸せなのだと分かりました」。

 入社後10カ月で嶋津さんは係長の立場に昇格。100人の同期の中でもトップセールスマンとして活躍した嶋津さんだが、その時の上司(部門長)は、「優秀だったが、自分とはウマが合わなかった」。ある日、部門長のやり方に我慢ができなくなり、「会社を辞めたい」と父に相談。しかし「石の上にも3年。入社後3年もたたない小僧が何を言う」と諭された。

 半年後その上司が転勤になり、嶋津さんが後任の部門長に。24歳の若さで管理職になった。「いよいよ俺の出番だ」と喜んだ嶋津さんは、前の上司への不満点を他山の石とし、「自分が上司になったら、こうしよう」と思い描いていたことを次々に実行。就任3カ月で、担当部門の成績は全国ナンバーワンに。「努力の方向と方法と量さえ間違えなければ、成果は必ず出せる。これが、今も変わらない僕のポリシーです」と嶋津さんは言う。

 ちなみに当時を振り返って嶋津さんはこう語る。「この会社ではいろいろな上司の世話になりましたが、不思議なことに今でも一番よくつき合っているのが、この時の心底嫌っていた上司なのです」。嶋津さん自身が部門長という立場になって、当時の上司の気持ちが分かるようになったのかもしれない。または上下関係がなくなり、対等に話せるようになったのだろうか。

 さて部門長となって業績アップに邁進した嶋津さんには、実は誤算があった。「このやり方を、僕は部下にも強制したのです」。営業マンとしての実績に支えられた自信から、「見ろ、俺の言う通りにやれば成績が上がるんだ」とワンマンぶりを発揮。次第に業績に陰りが見え、3位、4位に。いつも1位だった嶋津さんには我慢できない。行き詰まりを感じながらも“自分流”を貫くうち、部下の心は離れ、仕事を怠る者も出てきた。

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