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「ぐれたい」から始まった再生機構への道

~元・産業再生機構 専務兼COO 冨山和彦氏(1)

2007年6月5日(火)

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 職業としての「社長」を自ら選び、活躍している人をお招きし、将来、経営層を目指す人々に、ご自身の経験を語って頂くトークセッション「Road to CEO」。今回は、3月15日に当初の予定を1年前倒しして解散した産業再生機構の代表取締役COO、冨山和彦氏をゲストに迎えた。

 同機構は、日本の産業と金融の未曾有の危機を回避させる目的で、2003年4月に発足した、政府が後押しする企業再生請負会社だった。再建可能と判断された企業向けの債権を主力銀行以外の銀行から買取るところから仕事が始まり、その判断は同機構内に設置された産業再生委員会が担当した。ダイエーやカネボウなどの大規模案件を含め、計41社が対象となった。

元・産業再生機構 専務兼COO 冨山和彦氏

 冨山氏は、東京大学卒業ともにボストンコンサルティンググループに入社するが、1年後、同じ経営コンサルティング会社、コーポレイト・ディレクション設立のために退社、スタンフォード大学留学を経て、同社の取締役、代表取締役社長を歴任。2003年4月の産業再生機構発足とともに業務執行最高責任者に就任した。現在は、同機構の民間版ともいえる経営共創基盤という新会社を設立、CEOに就任している。

 司法試験合格を蹴ってコンサルティング業界に身を投じた経緯、コンサルタントという仕事の醍醐味、事業再生という仕事を通じて見えてきた経営の本質、キャピタルデモクラシーが未成熟の日本の現状、経営者の育成と選定の難しさなど、縦横無尽に語っていただいた。

 司会は日経ビジネスオンライン副編集長の山中浩之と、インディペンデントコントラクター協会の理事長を務め、産業再生機構が手がけたカネボウの再生にも関わった秋山進氏。テーマ別に5回に分け、火・木曜日に掲載する。

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司会、山中(以下Y) 和歌山県のお生まれで、その後、オーストラリアで幼少期を過ごされたと伺っています。

 父親の駐在ですね。今はつぶれてなくなった江商という商社にいたんです。

Y 東大に在学当時、革ジャンとパンチパーマだったというお話は本当ですか。

 それに近かったかもしれないですね。

Y 何か社会に対する反抗心があったとか。

 別になかったですよ。ロックバンドなんかはやっていましたけど。僕は1960年生まれなのでいわゆる新人類。共通1次の1年目なんですよ。団塊の世代から「今どきの若いやつは」と言われた世代です。全然、深い思想はないです。

Y それでは、最初に冨山さんが「自ら、何事かを選択した」とご自分で思われるのはどのタイミングですか。

 社会に出るときでしょう。もともと「ぐれたい」という志向はあって、どこでぐれようかなと思っていたんです。

 高校でぐれる勇気がなかったので、取りあえず大学に入って、司法試験受けて弁護士になろうと思った。サラリーマンになりたくなかったんです。でも本気で法律家になりたくて受けたんじゃないので、2回しか(司法試験受験を)やるつもりがなかった。2回留年して、もう今年で止めようという年に就職活動していたら、マッキンゼーだかBCG(ボストンコンサルティンググループ)だか、訳の分からない名前の会社が新卒を採っていた。当時、経営コンサルタントは「総会屋」の別名だったりしたんですけど、何かもっともらしいことを言っていると思って。それで、たまたまBCGに受かって。

Y そこに入られたと。

 一方で、司法試験も落ちてコンサルティング会社にも入れなかったら、「寄らば大樹の陰だな」と思って、日本興業銀行の内定を取っておきました(笑)。

Y すごい設計図ですね(笑)。

 それでBCGに入ったんです。そこからですね、ぐれ始めたのは。

Y 司法試験にも受かったんですよね。

 はい。でも若気の至りで、転がりだしたら止まらなくなっていますから。司法試験だってエスタブリシュメントでしょう。BCGの方がイケている感じがするじゃないですか。

「知的マスターベーションより銭もうけ」

Y でも入ってすぐ、BCGの先輩と新しい会社の立ち上げに参加された。

 たまたま僕が一緒に仕事をした人たちが辞めて会社をつくるというからね。先輩だから一宿一飯の恩義がある。「僕は残ります」なんて、嫌な感じでしょう。

Y 新しい会社はコーポレイト・ディレクション(CDI)。やっぱり経営コンサルですね。どんなことをなさったんですか。

 まだ駆け出しのコンサルタントでした。何より会社をつくるってことが面白かったですね。BCGは何だかんだ言っても東京支店ですから、赤字になっても結局本社が補填してくれるんです。ところがCDIになった瞬間、全部自分たちで稼がないと。銀行からも借金をしなきゃいけない。そのときに連帯保証がついちゃうんです。俺の貯金は500万円だと思うと、500万円まではまじめに考えるんです。それを超えるといくらでも(保証を)つけちゃおう、となる。

Y どうせ返せないから、と(笑)。

 本当にそうです。銀行の人は分かっていないと思う。つぶれそうな会社の経営者から連帯保証なんか何遍も取っちゃいけないんです。これは今の仕事に役立っています。借りる側のリアリティーがよく分かった。

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「「ぐれたい」から始まった再生機構への道」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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