「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

CSR解体新書(1) なぜ「京都」なのか?

米ソ体制崩壊で危機感持った欧州の策謀

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2007年6月22日(金)

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 すっかり耳に馴染んでいるのに、その意味を改めて尋ねられると、明確に答えられる人が少ない、そんな言葉にはだいたい、背後にメカニズムがあるもの。流行りもののカタカナ言葉やアルファベットには、とりわけ要注意です。

 『CSR』も典型的ですね。コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(Corporate Social Responsibility)「企業の社会責任」がいつの間にか日本で強調されるようになって、もう3〜4年が経過しています。確かに一種のブームにはなりました。さて、では、いま改めて職場の新人に質問されたとして、あなたならどう説明します?

 「……それでCSRって、いったい何なんですか?」

 CSRに関連して語られる言葉は、総じて極めて美しいですね。これがどうも胡散臭く見えるわけです。

 ちょっとネットで検索してみても「コンプライアンス(法令順守)」「地域社会への貢献」「地球環境問題」なんて言葉から、「愛される企業へ」「CSRで企業価値を高める!」「競争力強化」まで、とても聞こえのよいフレーズのオンパレードです。

 「なるほど、大変けっこうなことでんな」。誰も反対はしません。でも、お話が何かキレイすぎるのが気になりますね。

 「環境問題でっか…、結構はけっこうやけど、ウチは会社で、慈善事業ならおかどちがいでっせ」。こういう反応も、いまもって珍しくありません。

 あるいは、「おや、コンプライアンスでっか…でもねぇ、法律で縛られるのと、環境問題と、ひとくくりにされて『CSR』や、言われてもねえ…どうもピンときいしまへんなぁ…」。

誰が言い出したかよく分からないのに普及したCSR

 そもそもどこの誰が言い出したのかよく分からないのに、いつの間にか普及していて、一見よさげな話、というのは、疑ってかかった方が、普通は身のためですよね。それがこの世の常というものでしょう。

 いや、誤解のないように、最初に断っておきますが、CSR自体は非常に有効な仕組みです。もっとも、その効用を正しく理解して、フルに活用すれば、という話ですが。

 問題は、日本企業がCSRの動機や狙い、あるいは言いだしっぺの当初の思惑と、時代の流れでそれが変化した経緯などを、どう理解して、きちんと利用できているかです。

 そこで『なんとなく耳に馴染んだCSR』で思考を停止するのではなく、その源流に、少し深く分け入ってみたいと思うのです。

 CSRという言葉を私が耳にするようになったのは2002〜03年にかけてです。2000年から大学に勤務するようになった私は、本部からの公務出張でIT(情報技術)関連の国際研究大学連携の会議に送られるようになりました。

 そういう席で聞いた話の中で、もっとも私がスッキリ理解できた「CSRの源流」の一説を以下、ご紹介してみましょう。

 ヴィリー・Bは、旧ユーゴスラビアで共産貴族の家に生まれました。現在は世界銀行に在籍しています。以下では、彼から聞いた話を私なりに整理してみます。ちょっと聞くと、スパイが暗躍しそうな「陰謀史観」みたいですが、実はなかなか、奥が深いです。

 ヴィリー・BはCSRと環境問題を「欧州、ないし欧米多国籍企業の生存戦略シナリオ」の観点から説明してくれました。

新世界システムのグランドシナリオ

 鎌倉、鶴岡八幡宮の境内を歩きながら、ヴィリー・Bはふと呟きました。

 「冷戦末期の1980年代、東西の対立構造がなくなること自体が、ユーゴでは一大脅威そのものだったから…」

 実際、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボなど、バルカン半島が90年代に辿った歴史を考えれば、本当に大変だったろうと想像はつきます。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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