「岡 康道の世界広告道中記」

経営者との6週間の議論で産む“ビッグ・アイデア”

チャールズ・インジ/CHI/ロンドン

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2007年6月29日(金)

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 ヨーロッパ広告界の中心地、ロンドンではクリエイターの職業的ステータスが高い。中でも抜きんでた存在が、カンヌ国際広告賞のグランプリをはじめ、多数の受賞歴に彩られたチャールズ・インジだ。

ロンドンの中心繁華街、ソーホーにあるビル1棟を、瀟洒にリノベートしたオフィス

 ロンドンの中心繁華街、ソーホーにあるビル1棟を、瀟洒にリノベートしたオフィスが、チャールズと仲間2人が共同で設立したクリエイティブエージェンシー「CHI」の拠点。機能的なオフィスやスタジオに加えて、上階にはソファを配したバーラウンジもある充実ぶりだが、ここの目玉はブレインストーミングのために、まるまるワンフロアが充てられていること。ここでCHI独自のクリエイティブ方法論「ビッグアイデア」を、クライアントとともに徹底的に議論する。そこからすべての広告作りは始まるという。


チャールズ・インジ氏

チャールズ・インジ(Charles Inge)

1961年生まれ。オックスフォード大学で美術を専攻し、主席で卒業した後、85年に広告界へ。広告代理店DDBとロウを経て、2001年にサイモン・クレモウ、ジョニー・ホーンビィと「CHI(CLEMMOW HORNBY INGE)」を設立。カンヌ国際広告賞グランプリをはじめ、同金賞、D&AD賞、BTAA賞などヨーロッパ広告界の主要な受賞歴を誇る。


岡 僕が泊まっているホテルから歩いて30秒で来てしまいました。それにしても、いいところにあるオフィスですね。CHIの設立は2001年。まだそれほど年数が経っていないクリエイティブエージェンシーなんですよね。

チャールズ(以下C) 戦略プランナーとして実績があったサイモン・クレモウと、大手広告会社TBWAでマネージングディレクターをしていたジョニー・ホーンビィと、僕の3人で立ち上げたエージェンシーです。最初は3人の机だけでいっぱいになってしまうようなオフィスだったんですよ。

岡 それが数年のうちに、こんな立派なビルを持つまでに成長した。

C 最初の5年はとにかくクリエイティブであることを最優先にして、リスクを取ってきたのですがね(と、にっこり)。

岡 今、スタッフは何人ですか。

C ここでは150人ほどが働いています。そのうち90人が正社員です。

●TVCF「インディペンデント」
英国の高級紙のCFはカンヌでグランプリを受賞。アヴェ・マリアの音楽をBGMに男の声が「話すな。泣くな。存在するな……」と、抑圧的な禁止を繰り返す。その最後に出る「インディペンデント」の文字が深い印象を残す








岡 日本ではクリエイティブのフィーだけで90人を抱えることは不可能。その点だけでも大きな違いを感じますね。

C 日本の広告は依然としてメディアコミッションが中心ですからね。ロンドンではメディアプランニングも含めて、広告はすべてクリエイティブフィーだけでビジネスが成り立ちます。その代わり、われわれは常にクライアントを驚かすことを求められます。その驚きがなくなったらおしまいなんです。

岡 それは日本でも同じはずなんですが。

C 日本ではクライアントがクリエイターにあまり敬意を払わないのですか?

岡 いや、それなりにリスペクトはされている。でもチャールズが言ったようにコミッションビジネスが中心なので、クリエイティブそのものへの報酬意識が低いんです。

C ロンドンも一時期、そうなりかけていました。それに抵抗する意味もあって、僕も16年間勤めた大手を去る気になったんです。

岡 独立への抵抗はなかったんですか。

C すごく簡単でした(笑)。それまでに僕には2回、独立の機会があって、そのたびに一晩かけて悩んで、結局、決断しなかったんです。でもCHI設立で僕に声をかけてくれたサイモンとジョニーは、それまで僕が会った広告界の誰よりも優秀で、判断の早い人物だった。この2人となら面白い仕事ができるだろうと確信して。

岡 その面白い仕事の中核にあるのが、CHI独自の「ビッグアイデア」という方法論なんですよね。

C はい。これは戦略プランナーのサイモンが編み出したブレインストーミングの手法なんですが、われわれが広告制作を受ける時は、必ずクライアントに課しているものです。

岡 日本だと通常は、まずクライアントから商品説明なりのオリエンテーションがあって、それをどう理解するかが順序なのですが、それとは違うのですか?

C 一方通行的なオリエンテーションではなくて、クライアントとクリエイターが共同でブランドを構築していくプロセスです。次のキャンペーンをどうする? という話ではなく、打ち出したいことの本質を探す作業。このことを私たちはものすごく大事にしています。だからオフィスには「ビッグアイデア」専用のホールを設けました。

――オフィスの3階に案内される。ワンフロアの中心に白い壁に囲まれた楕円形のシンプルなホール。その周りに青や赤で統一した小部屋が並ぶ。

ワンフロアの中心、白い壁に囲まれた楕円形の「ビッグアイデア」専用ホール

ワンフロアの中心、白い壁に囲まれた楕円形の「ビッグアイデア」専用ホール

岡 「ビッグアイデア」をどう行うのか、具体的に説明していただくと…。

C 広告制作を受ける前に、クライアントとわれわれはここで6週間、みっちりと議論するんです。テーマは「Product truth(商品の実像)」「Consumer insight(消費者の感知力)」「Company culture(企業文化)」[Corporate ambition(会社の目指すビジョン)」の4つで、議論はそれぞれのチームに分かれて行います。

岡 ちょっと僕には分かりにくいのですが、4つのテーマは何を指すのでしょうか。

C それぞれ、クライアントが何を大事にしているかを表すキーワードなんです。

 「Product truth」は、「この商品はこういう機能です」というような、50〜60年代型の打ち出し方を相変わらずやっているようなモノ。ビールとかシャンプーとかですね。「Consumer insight」は、消費者が欲しいと思うものを提供する力。トヨタ自動車なんかが得意。「Company culture」は、たとえばアップルのような哲学。「Corporate ambition」は、クライアントが10年後、20年後にどのようになっているか、ビジョンを描ける力。

岡 ふむふむ。

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著者プロフィール

岡 康道(おか・やすみち)

岡 康道

クリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。
1956年生まれ。80年早稲田大学法学部卒業後、電通に入社。CMプランナーとしてサントリー「BOSS」「南アルプスの天然水」、JR東日本「その先の日本へ。」など、時代を代表するキャンペーンを手がける。97年、JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞。
99年に日本最小最強のクリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」を川口清勝、多田琢、麻生哲朗とともに設立。主なクライアントに、サッポロビール、大和証券、富士ゼロックス、リクシル、NTT東日本、大和ハウス、NTTDoCoMoなど。TCC最高賞、ADC賞、ACC賞、ニューヨークADC賞、クリオ賞など受賞多数。TCC会員、ニューヨークADC会員。現在、雑誌ポータルサイト「magabon」にて、エッセイ連載中。近著に「ノンタイトル」(電子書籍)

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。
1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界をまたにかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。国内外の都市開発、デザイン、トレンド、ライフスタイルを取材する一方で、時代の先端を行く各界の人物記事に力を注ぐ。『アエラ』『朝日新聞』『日本経済新聞』『日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)』などで執筆。著書に『セーラが町にやってきた』(プレジデント社)、『ほんものの日本人』(弊社刊)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(集英社新書・隈研吾氏と共著)『「オトコらしくない」から、うまくいく』(佐藤悦子氏と共著・日本経済新聞出版社)など。



このコラムについて

岡 康道の世界広告道中記

 20世紀末。電通のスタークリエイターだった岡康道は、仲間4人と日本初のクリエイティブエージェンシー「TUGBOAT(タグボート)」を設立した。クリエイティブエージェンシーとは、クライアントと対等な立場で「クリエイティビティ」を追求する、広告業界の新しいビジネスモデルだ。欧米にはこの概念をもとに、時代の1歩も2歩も先を行くクリエイターたちが存在する。対して日本の広告業界は、メディア枠を売買するコミッションビジネスがいまだに支配的だ。とはいえ、メディア自体が大きな変化にさらされている今。「クリエイティブ・ファースト」という世界の潮流を、もはや無視することはできない。この潮流は、ひとつ広告業界だけに限ったものではなく、今、日本のあらゆる産業が思考をめぐらせねばならない課題でもある。

 果たして「クリエイティブ」は売れるのか。「クリエイティブ」を売るにはどうしたらいいのか。広告業界をモデルに、世界と日本の現場から、先端の声を集めていく。

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