「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

CSR解体新書(2)米国の独断専行を許すな

ノルウェーが発案した心憎い戦略とは

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2007年7月2日(月)

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 北極を中心に地球儀を眺めると、何が見えると思いますか?

 「グローバリゼーション」のグローブglobeは地球の「球」に由来するわけですが、実際、地球儀を別の角度から眺めると、面白いことに気がつきます。

 高校で地理を履修しなかった私などは、以前は北極というとロシア、シベリアと思いがちでした。実は、極点近くに一番島嶼が広がっているのはカナダ、それから巨大なグリーンランドがデンマーク領であるのが目を引きます。

 米国はアラスカを領有していますが、ロシアやカナダに比べればはるかに控えめ。そして、これらの国が面している北極海の大半は、永久流氷に閉ざされています。

 これに対して、メキシコ暖流が注ぐ北大西洋海流側は北緯80度過ぎまで海が凍結していません。「暖かい北極海」のど真ん中には、スヴァールバル諸島の存在が目を引きます。また、よく見ると「暖かい北極海」海岸のすべてが、ほとんど2つの国で占められているのが分かります。さて、それはどことどこでしょうか?

 答えは、ノルウェーとロシア。上記、スヴァールバル諸島もノルウェー領。あとは北極圏より南に英国、グレートブリテン島やアイルランド、アイスランドなどの姿も見えます。

 今、「北極海を中心」に、「地球環境と国際通貨の問題」を考えてみると、ある種のポイントが非常に見えやすくなります。乱暴な筋立てですから、おのおのの専門家には怒られそうですが、ここでの狙いはCSR(企業の社会的責任)です。その目的に沿って、思い切って簡略化したあらすじでお話ししてみたいと思います。1つの本質は抉り出されると思います。

世界第3位の産油国がEU加盟を拒否

 今、仮に「暖かい北極海」がそのまま巨大な油田だと思いましょう。この油田の恩恵に預かっている国はどこかと考えながら、地図を細かく見てみると、スカンジナビア半島の海岸部はすべてノルウェー領であることがひときわ目を引きます。スウェーデンもフィンランドも北極海に面していない。ノルウェーは直接、海岸線でロシアと国境を接しています。

 冷戦体制が崩壊の予兆を見せた1980年代初頭から、ノルウェーがイニシアティブを取って地球環境問題が国際政治の表舞台に登場した経緯を前回お話しました。

 ブルントラント・ノルウェー元首相が委員長を務めた地球環境問題委員会が、「サステナビリティー」のコンセプトを一種のブランドとして立ち上げたのが87年。既に冷戦崩壊は秒読み状態で、89年「ベルリンの壁」が壊れてから、91年12月のソ連崩壊まではつるべ落としでした。

 この「ベルリンの壁」から「ソ連崩壊」までの間に第1次湾岸戦争が勃発しています。そのあおりを食った石油価格上昇で、日本では決定的にバブルがひっくり返っていた。そのタイミングで、欧州ではマーストリヒト条約が調印されて、EU(欧州連合)が発足しています。

 そして、EUやEC(欧州共同体)の歴史をひもとくと、決まってその要所要所に「ノルウェー、国民投票で非加盟を決定」と出ていることに気がつきます。

 冷戦末期の「次世代シナリオ」では「米ソ」対「欧州」という表現でお話をしましたが、ソ連が壊れてしまうと、今度は欧州域内での利害がいきなり表面化します。

 なぜノルウェーはEUに加盟しないのか。複雑な理由があると思いますが、大きな一因として、ノルウェーが「OPEC(石油輸出国機構)非加盟の、世界第3位の産油国」であるという事実を挙げることができるでしょう。

 こうやって、改めて考えてみると、ノルウェーは本当に賢明です。「米ソ」対「欧州」という図式がかろうじて成立しているうちに、欧州共通の利害を追い風に、北海油田で事実上の独り勝ちを続けている大産油国、ノルウェーが次世代世界秩序のためのイニシアティブを取ってコンセプト・メイキングをしていたことが分かります。

 ローマは1日にして成らず。ノルウェーの戦略は巧妙なうえに多面的です。普通に考えれば、CO2(二酸化炭素)排出量の削減、といったエコロジカルな話題は、燃料前提の産油国としては歓迎せざるところです。

 ところがノルウェーは、フィヨルド地形を利用した水力発電や潮位差発電など、代替エネルギー源に関しても圧倒的な優位に立ち、人類すべてに共通する絶対的なテーマ「地球環境維持」と、「最強のブランドであるサステイナビリティー」のディファクトスタンダード(defacto standard =実質的な世界標準)を、冷戦崩壊以前に奪取してしまっているわけです。

 ノルウェーはこれにほぼ1世紀先立って、世界的な学術の最も権威ある格付け機関、ノーベル賞委員会の平和部門の胴元にもなっています。

 ノーベル平和賞設立当初、ノルウェーにとって切実だったのは、ドイツ帝国と帝政ロシアのパワーバランスなどだったと想像されますが、ここで重要なのは、第1次世界大戦や国際連盟、国際連合などの創設にはるかに先立って、ノルウェーが「平和」という絶対的な全世界共通の社会価値について、その格付け機関から押さえることで、国際的なトップブランドを確立していることでしょう。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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