私は、マスコミの取材などを通じて、公的サービスに関する持論を世間に発信してきました。
その結果、多くの方々からの賛同や理解を得ることができましたが、一方で手厳しい批判もいただくことになりました。

ワタミ代表取締役社長・CEO 渡邊 美樹氏
批判の中でもとくに目立つのは、「渡邉美樹は、教育も医療も福祉・介護も農業も環境も、公的サービスすべてを市場原理だけで解決しようとする、マーケット至上主義者である」「どんな分野にも競争原理を持ち込んで、弱肉強食の格差社会を生み出そうとしている」という意見です。
こうした批判をする人たちの一部は、明らかに私の主張を歪め、意図的に曲解し、悪意を持って流布することで自己保身を図ろうとする方々です。彼らには最初から私の真意など理解する気がないわけですから、こちらとしても闘志をかき立てられこそすれ、さらなる説得や説明の必要は感じません。
けれども、私の発言に対し、誤った判断をされている方もいるかもしれません。同時に、私自身、自分の考えや意見が第三者にどう伝わるかということに関して、いささか無頓着過ぎた面があったと反省もしているのです。
たとえば、私が頻繁に使用する「市場主義」や「競争」といった言葉のイメージ。これが、人によってずいぶん違うのです。
私はこうした言葉にポジティブな意味を込めて使っているのですが、同じ言葉にネガティブな印象を持っている方もいらっしゃいます。
そこでここでは、「市場主義」と「競争」というふたつの言葉に、私がどんな意味を込めて使っているか、説明したいと思います。
まず、「市場主義」あるいは「市場経済」という言葉について。
現在の日本と世界の大半では、「市場主義」をベースに経済活動が成り立っています。「官」の統制下にある日本の公的サービス分野はむしろ例外に属するわけです。ただし、何度か主張しているとおり、市場経済はあくまでツールにすぎません。企業活動や消費生活を円滑にするためのまさしく道具なのです。そこで流通するお金もツール、あるいは一種のメディアにすぎません。
お金はツールであって、きれいも汚いもない
このお金というツールは、教育、医療、介護、農業・環境といった公的サービス分野でも、同じように流通しています。にもかかわらず、「学校で、お金のことをとやかくいうのは好ましくない」「病院でお金のことを持ち出すのは汚らわしい」「老人ホームでお金の話はしたくない」と主張される方が少なくない。
お金は事業を成り立たせるためのツールにすぎないのですから、お金自体にきれいも汚いもないのです。むしろそういってお金から目をそむけたりするから、学校や病院が経営破綻したりするのです。
繰り返します。市場主義もお金もあくまでツールです。人間の価値を決めるものではありません。あまりにも当然のことなので、私はそこまで説明する必要はないだろうと思っていたのですが、誤解を受けたままで批判されるのは不本意なことですから、あえて念を押しておきます。
おそらく「お金は汚い」とおっしゃる方は、お金のことをちゃんと考えろ、と主張する渡邉のような人間は金儲けだけが目的に違いない、と勘違いされるのでしょう。
でも、お金儲けだけが目的ならば、学校や病院や福祉・介護や農業、環境のような、規制もハードルもたくさんある「儲からない」分野にわざわざ進出したりしません。
お金のことをきちんと考え、ちゃんと経営が成り立つようにしなければ、結局のところ、生徒や患者やお年寄に報いることはできないのです。だからこそ、私はツールとしての市場とお金のことを、もっとみんな真剣に考えたほうがいい、と申し上げているのです。
次に「競争」について。
「競争」は市場経済で必然的に起こる人の行動です。こちらも、それ以上でもそれ以下でもありません。ところが、ある種の日本人には拒否反応の強い言葉です。
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