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CSR解体新書(6)EU成功の裏に失敗学あり

負の遺産に正面から向き合ってこそ「次」がある

2007年8月6日(月)

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 ユネスコの『世界遺産』にはたった2つだけ『負の世界遺産』があるんです。何だか分かりますか?」

 国連訓練調査研究所(UNITAR)のナスリーン・アジミはそう訪ねて微笑みました。

 「それは広島の原爆ドームと、アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所です。その国際的な意味を、あまりにも多くの日本人が自覚していないのには全く驚かされます」

 イラン出身のアジミさんは、UNITARのニューヨーク事務所長時代に、アジア圏をカバーするUNITAR第3の拠点としてヒロシマを選び、自らそこに赴任して責任者をしています。ちなみに第1の拠点はスイスのジュネーブ、第2の拠点がニューヨークです。

 パーレビ王朝期の欧化政策の下で育ったアジミさんはホメイニの革命でスイスに移住、国連職員として紛争地域の経済復興のスペシャリストになりました。

 アフガニスタンやイラクの弁護士、科学者、医師、エンジニア、戦後復興を担うさまざまな分野の次世代リーダーたちが、ジュネーブ、ニューヨークと並んでヒロシマに毎年1カ月間ほど滞在して、国づくりのイロハからの研修をしているという事実を、一体どれだけの日本の経済人が知っているでしょうか? 

 ややPRめきますが、本稿をお読みになって興味を持たれた方は、ぜひUNITARのホームページを開いて頂きたいと思いますし、さまざまな側面から、ぜひその活動をサポートして頂ければと思います。

 日本に居ながらにして、国際問題のまさに白眉というべき紛争後の復興援助に個別の企業単位で具体的な貢献ができる、またとないCSRの中心が日本、それも原爆ドームのま向かいの商工会議所の中に設置されています。

 アフガニスタンなどからやって来る、復興のキーとなる次世代リーダーたちは、毎日窓の外に原爆ドームとヒロシマの町を見ながら研修するのですが、そこで彼らが意識するのは、むしろ「核」ではないと聞きました。

 放射線被爆うんぬん以前に、まずカブールやジャララバードに現在も広がる膨大な瓦礫の山を、着弾直後のヒロシマの写真を見て彼らは想起せざるを得ないというのです。それが、戦後たった10年ほどでここまで復興した、20年でこうなった、60年を過ぎた現在はこのような繁栄を極めている。

 そういう現実を肌身で知ることが、一番のショックだと、直接当事者から聞きました。

 隣に見える市民球場の広島戦などとともに、明日のアフガン経済復興のリーダーたちは、こうした復興の現実を強く胸に刻みつけ、本当に瓦礫の山だけになってしまった故郷が、必ず復興するのだという確信を持つ。

 そういう力を与えてもらうことが、本当にかけがえないというのです。こんな観点は私自身、当事者たちから話を聞くまで、想像だにしたことがありませんでした。

広島、長崎の原爆をCSRを通して見ると…

 

 ヒロシマの核は非常に重大な問題を突きつけます。それは単に政治的な観点だけにとどまらず、長く世代を超えて影響を及ぼす放射能に関わるあらゆる問題が存在します。かつて大学、大学院で物理学を学んだ私は、その重要性を重く受けとめていますし、核に関連する国際的役割を日本は様々な角度から果たしていくべきだと思います。

 それとは別に今回は、日本国内で、核の重要性の死角になって見えにくくなっているような問題、特に国際的にはCSRと直結すると認識されていながら、日本ではまったく共有されていないポイントについて、ユネスコが定めた「もう1つの負の世界遺産」から考えてみたいと思います。

 どうして米国と欧州で雇用に対する考え方が正反対であるのか、その決定的なヒントがここに隠れていると思うのです。

効率性の徹底追求の果てに起こったこと

 なぜ欧州では異常なほどに雇用の確保に神経を使うのか。それを読み解く決定的な鍵は、欧州がファシズムと強制収容所を経験していることにある。そういう言葉を、いろいろな人から言葉を変え、表現を変えて、私は何度も聞かされてきました。

 第1次大戦後、ワイマール共和国時代の民主政治とともに異常な不況と失業率を記録する中で、1933年にファッショの誕生を生んでしまったドイツ。ナチスドイツ政権当初の経済政策の成功は、現在でも目を見張るべきものがあります。

 アウトバーン建設に代表される大規模公共事業立国化。財形貯蓄など、現在まで引き継がれる様々な経済商品の開発。ナチスが生み出し、戦後にも引き継がれている政策やノウハウは数多いと聞きます。

 その流れの中に再軍備化があり、やがてドイツは欧州戦争に突入していくわけです。戦争直前のベルリン・オリンピックは私にとっては「前畑がんばれ」のラジオの声の記憶程度しかありませんが、驚くべき短期間に達成されたドイツの経済復興を内外に宣言するものでありました。

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