• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「広告なんてやめよう」と言っても、発注は来る

スティーブン・グラッセ/ジャイロ・ワールドワイド/米国・フィラデルフィア

  • 岡 康道, 清野 由美

バックナンバー

2007年8月24日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

オフィスは19世紀に銀行だった由緒ある建物

 ニューヨーク(NY)のペン・ステーションからアムトラック特急で1時間。ペンシルべニア州のフィラデルフィアは、NYの摩天楼から一転して、空が大きく広がった、どことなくのどかな都会だ。

 クリエイターたちがNYに集中する中で、フィラデルフィアを拠点に世界的な活動を行うスティーブン・グラッセは、それだけで異色の存在だ。日本で言えば東京―高崎のような距離感だろうか。訪ねたオフィスは19世紀に銀行だった由緒ある建物。「古き良きアメリカ」の匂いがこもるドアを開けると、おもちゃ箱をひっくり返したような、やんちゃなオフィスが広がっていて、落差にびっくり。そこにはNYの潮流にあらがうような、スティーブンの反骨精神が横溢していた。


スティーブン・グラッセ氏

スティーブン・グラッセ (STEVEN GRASSE)

1966年フィラデルフィア生まれ。高校時代にタイとカトマンズで広告会社のインターンシップを経験。シラキュース大学卒業後、香港の「オグルヴィ&メイザー・ワールドワイド」、ロンドンの「TBWA」にコピーライターとして勤務。ニュージーランドやマイアミの広告制作会社で働いた後、88年に故郷のフィラデルフィアで「GYRO WORLDWIDE(ジャイロ・ワールドワイド)」を設立。

 MTVの番組宣伝からスタートして、その後PUMA、バドワイザー、ペプシのマウンテンデュー、たばこのキャメル、ジンのヘンドリックスなど数多くのブランドの広告展開を手がける。アドレスはhttp://www.gyroworldwide.com


 以前、NYの広告コンサルタントを介して、スティーブンが僕たちに連絡をくれたことがあるんだよね。アメリカのクリエイターが自ら連絡を寄こすなんて珍しいことなので、会えるのを楽しみにしていました。

スティーブン(以下S) フィラデルフィアへようこそ。

おもちゃ箱をひっくり返したようなオフィス内

 オフィスの建物は優雅でダイナミックな空間だけど、中は人がぎゅっと詰まっていますね。スタッフは何人ぐらいいるんですか?

S 今は65人ほど。そのうちの60%がクリエイティブにかかわっています。手狭になってきたので、まもなく引っ越すのだけど。

 フィラデルフィアの中で?

S そう。10ブロック先なんだけど。

 やっぱり由緒ある建物なの?

S 以前、ゲイのたまり場だったところと、あともうひとつはポルノ映画館だったところですよ。

 おいおい、一体どんな場所なんだ。

S (ニヤニヤ)

 そもそも広告クリエイターでNYを拠点にしていない、というところからして変わっているよね。

S それはここが僕自身の故郷だから。スタッフも地元以外はいないんだよね。それから広告会社を経験している人も雇わない。

 それがスティーブンのポリシーなんですか?

S 広告会社を経験しているヤツなんてフィラデルフィアにはいないからさ。

 (脱力)

S 知ってる? ペンシルベニア州って、ここを出たヤツが決して戻ってこない州なんだ。僕の弟がいい例だよ。ここはフロリダ州を抜かして高齢者の数が多い所でもあるし。一方で、家賃は安いし、物価もそれなり。カッコいいことは何もない場所だからこそ、何にもしばられない。ワーキングクラスが身の丈に合った暮らしができる快適な街なんだ。

 でもクライアントはここにはいないでしょう。

S そう。だから僕はしょっちゅう、旅行してます。

 普通はNYに移っちゃった方が便利、と発想するんじゃない?

S NYのスピードになんか合わないよ。というか、NYの広告がわれわれのスピードについてこれない。われわれはひとつのプロジェクトに、あまりに多くの時間をかけて、ごくごくていねいに作るもの。だいたい10ブロック先に引っ越すことにさえビクビクしているのに、NYだのLAだのなんて考えも及ばないよ。

キャメルのたばこパッケージ

■ キャメル
たばこのパッケージ。たばこを手がけるクリエイターはアメリカではイメージがよくないというが、スティーブンにとっては「ただの葉っぱ。どこが悪い?」。人が敬遠するクライアントと積極的にかかわることが、ジャイロの経営の柱にもなっている

 それにしては、PUMAとかペプシとか、世界的に名のあるクライアントがついているんだよね。たとえば日本では東京を拠点にしていたって、そういったグローバルなクライアントを得ることは難しい。スティーブンはどのようにしてクライアントを開拓していったのですか?

■ セイラー・ジュリー
セイラー・ジュリーというタトゥアーティストの権利をジャイロがすべて持ち、Tシャツをはじめとするオリジナルの服飾品を企画生産。オフィスの近くにショップも経営している。パンクファッションを打ち出すこのプロジェクトも広告を離れたジャイロの遊びだ

セイラー・ジュリー1
セイラー・ジュリー2
セイラー・ジュリー3
セイラー・ジュリー4

S 88年にジャイロを設立した時はMTVの番組宣伝からスタートしたんだよ。自ら売り込みの手紙を、ちまちまと書いてね。その仕事を8年間。そこからぼちぼち仕事が広がっていった、という感じです。

 別のクライアントがつくようになったということ?

S そう。ある時、バドワイザーから依頼があって。僕らにとって、初めて「プロダクト」を扱う企業。TVの番宣より安定していて、お金になる、とすごくうれしかった。とはいっても、最初はいくらのフィーを設定していいか、わからなかったねえ。ふっかければ話はなくなるし、かといって、がっちりお金を取るような度胸もなくて。

 だって「お金になる」って思ったんでしょ?(笑)

S ははは。

 スティーブンはPUMAも手がけていたけど、PUMAはどう取ったんですか? PUMAは世界中のクリエイターが欲しがるクライアントだよ。

S PUMAはまだブランドイメージがない頃からかかわって、今のグレードに至るまでの時期を手がけたんだ。10年ぐらいのつき合いだったかな。でも、ブランドが有名になったら、僕たちはクビになっちゃった。かいがいしく面倒を見ていた医者の卵がいて、そいつが世に出た途端にトロフィーワイフに乗り換えた。そんな前妻の気分だよ。

 ということは、PUMAがまだマイナーだった時に手がけたわけですね。だったら予算がなかったでしょう。

S そうそう。だからこそアイデアが必要だった。僕たちはゲリラマーケティングの仕掛けをフルに使いましたね。マスメディアではなく、ストリートのちょっとした看板とかポスターのビジュアルで、「お、これは少し違うぞ」と思わせるような手法。

コメント0

「岡 康道の世界広告道中記」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員