(前回から読む)
高橋 宮崎(駿)さんや富野さん、押井さんがいて僕もいる。「あれもあれば、これもある」ということがいいんじゃないですかね。

「現場監督」 高橋良輔氏 (写真:大槻 純一、以下同)
たとえば、僕は車が好きなんだけど、日本ではアルファロメオってやたらと人気がありますよね。クルマ雑誌を開けば載っている。だけど、総合的に言って、まぁ、どうでしょって車じゃないですか(笑)。どうでしょって車なんだけど、“味”があるんですよね。
僕が中学ぐらいの時、落語が最盛期だったんだけど、僕はその時期が一番好きなんだね。当時は“伝説の”大師匠たちがいっぱいいたわけですよ。どんな伝説かというと、志ん生なんていうのは、酔っぱらって高座に入ってきて、語ろうかなと思ったら眠くなっちゃって……高座でスースー(笑)。でも、まあひいきの客が、いいから少し寝かせておけみたいな。今の感覚では、えっ? と思うんだけど、そういう落語家もいたから面白かったんですよ。
―― 今言われた“味”というのは、主流とか定型、数値化できる目標値とかとは違う方向にあるということですか?
何でも規模を大きくして勢力を拡大していくのとは違う、ということですね。僕の理想は、規模は小さくても長くやっている「専門店の名店」。飲み屋さんでもお菓子屋さんでも何でも。味があるじゃないですか。積み重ねがあって、付加価値がある。
―― そうは言っても数値目標は、誰でも納得できる透明感があって、分かりやすいですよね。
時代の象徴として使わせていただくんですが、“ホリエモン”(堀江貴文氏)がいるでしょう。彼はやっぱり、「勝つか負けるか」なんですよ。勝つか負けるかの基準は、「時価総額」という経済的な金銭の多寡か、いずれにしても企業のランクとか規模ということなんでしょう。
でも、規模が大きくなると、いろいろと大変じゃないですか。
売れないものと、売れているものの間
さっき言った専門店の名店だって、3代目が事業欲を起こして全国展開しようとしたら、中身が変わっちゃう。会社として規模が大きくなるとチェーン店化しますよね。
いろいろなお客さんに合わせることで、失われていく味もあるわけで。面白くもおかしくもなくなっちゃう。
商売として成立していれば、「何も一番たくさん売れなくたっていいじゃない」、ということもあるわけですよ。本当は、売れないものと売れているものの間によいものがあるとしても、一番いけないのは、売れている方向だけにみんながなびくということじゃないかなあ。
―― 「一番志向」を否定されるわけじゃないんですね。
ええ。僕は、ホリエモンのような人がいない世界は寂しい気もするんですよ。だけど、一番になれたら、誰でも必ず幸せになれるかというと、そんなことはないと思うんですよ。一番になろうとする前に、あなたが幸せになるためには、一番と味、どっちにあるかを考えたほうがいいよ、と。
結局、僕はいつも、何らかの形で最後にはそこに強引に結び付けるんですけど、あらゆることは「幸せ論」にかかってくるわけですね。幸福感っていろいろあっていいと思うんですよ。
いつも勝者である必要はないというか、場合によっては、あえてトップを狙わないで、3番目の居心地がいいんだという生き方もあるはずなんですね。そうすると、「意気地なくなる」ことをあまり恐れない。
山登りで全員が頂きを目指さなくてもいいんですよ。頂きを極める楽しみもあるけれど、山麓を散歩する楽しみもあるわけで。
―― 一番になる、なれない、という考え方は「才能」があるなしのお話にも繋がっていると思うんです。才能とか成功というのは、どうしても、あるorなしの二元論で語られがちです。0か100か、のような。
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