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CSR解体新書(14)「円天」は詐欺罪なの?

通貨偽造罪で無期懲役にすべき重大犯罪

2007年10月17日(水)

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 皆さん、日本の裁判では事件の「真相」は原則的に明らかにされないという事実をご存じですか? 

 貨幣を情報という本質から考察する最大のご利益の1つに、IT(情報技術)ネットワーク等を悪用する詐欺事件の本質を白日の下にさらし、かつ法律がなし得ない再犯防止のための具体的な知恵を、企業や個人にもたらすことが挙げられます。今回は少し力を入れて、それをご覧に入れたいと思います。

独創的な犯罪には効果を十分発揮しない「法律」

 今月、新しい本を出しました。刑法の團藤重光先生に日本の法律の本質についていろいろな角度からお話をうかがった『反骨のコツ』(朝日新書)です。

 詳しいことは、そちらも見ていただきたいのですが、今もし「出資法違反」あるいは「詐欺罪」で誰かが逮捕、起訴されると、裁判で争われるのはその被告人をどのように裁くか、つまり「彼/彼女が犯した罪は、既存法のどれに当てはめれば、どれだけの量刑に値するか」という事柄、それだけです。

 つまり、もし今ここに、大変に独創性の高い犯罪者(変な表現ですが)がいて、新手口を思いついて、足がついて捕まったとしても、裁判はその「新犯罪」の中に踏み込んで、それを予防する直接の力にはならないのです。

 一方で報道などがその「新手口」を世間に広めますから模倣犯がはびこるようになる。法律はせいぜい、個別の新法を作るくらいしか対応策がありません。

 法廷での「事実の解明」とはあくまで、疑われる犯罪事実を既に存在する刑法のパターンに当てはめてゆくのに十分な事実の解明だけ。つまり現在の日本の裁判は、累犯の再発防止にほとんど役に立たない。

 波和二エル・アンド・ジー会長の半生の記録を読むと、このことをホトホト痛感させられます。

40年間進化し続けたL&Gの手口

 日本初のマルチ商法事件と呼ばれる1970年代初期のAPOジャパン問題(副社長として関与)、73年のノザック商法事件(社長として関与、実刑)から87年に設立した今回のエル・アンド・ジーの問題(会長として関与)。波会長が関与してきた事件はこの40年来、一貫して狡猾さの程度を上げて、いわば「進化」しています。

 しかし、その真相を究明したはずの裁判は、こうした詐欺事件の再発に、ほとんど役に立っていない。今回の「エル・アンド・ジー」事件は、日本の司法に「失敗学」的観点が欠如していることを、如実に示すものに見えます。

 情報システム、ITを駆使した新手の詐欺の予防に、司法の力を期待できないとしたら?

 こんな状況で、企業や個人が己の身を守るにはどうすればよいのでしょう?

 ここで事態をクリアに分析し、一定の定量性まで具備した形で累犯防止の力として役に立つのが、ほかならぬ情報理論です。能書きはこれくらいにして、ごく簡単なグラフ理論など情報数理を刃物として、具体的に「円天」を3枚におろしてご覧に入れましょう。

日本銀行券は中央銀行が裏書した“情報”

 「円天」のケースをきちんと考えるには、まず「電子マネー」について整理しておく必要があります。そこで、繁華街やコンビニなど、至る所にある銀行の「キャッシュ・ディスペンサー」、誰もが使うATMの「払い戻し機」をちょっと考察してみましょう。

 今仮に、私が銀行ATMで1万円引き出すとします。ボタンを操作したら、受け取り口にお札が1枚出てきました。

 さてそのお札は銀行の中央金庫に保管されている私の口座(?)から送られてくるのでしょうか…? そんなバカな話はありませんね。

 紙幣自体は機械の中に入っていたものが出てくるだけです。今私が「引き出し」の操作をした時、コンビニのATM端末は「伊東の口座残額から1万円を引き下ろした」という「情報」を、銀行の中央コンピューターに「通信」して、その代わりに今機械の中に入っている銀行のお金から1万円を、端末機に来ている人に支払いなさい」という命令(メッセージ:「通牒」)を受け取り、それを実行し、それらを記録した。現実にはそういう出来事が起きています。以下の図をご覧ください。

ATMでの貨幣の流れ

 紙幣という「もの」を介在するやり取りは図の左側、ユーザと端末機の間だけです。このように見れば、銀行口座というものが、実は純粋な情報のみの集合体であることがはっきりするでしょう。

 貨幣とは情報そのものにほかなりません。ここで、銀行が準備高など、その価値情報の裏書き、信用の裏打ちとなるルールを守っている必要があるのは言うまでもありません。

 このような「情報解読の約束事」を一般に「コーディング」と呼びます。日本で市中に出回るお金は、日本銀行が裏書きする信用をコードとする「情報」そのものです。

 さて、ATMでお金を引き下ろす時、実際にはお金はすり替えられています。でも誰も、そんなことを気にはしません。「私」にとって大切な「お金」は、通帳の残額として記載されている数字、つまり「情報データ」本体の方で、具体的に「あの紙幣」「この紙幣」ということは基本的に問題になりません。

 私たちが本当に大切だと思っている「お金」は、実は個別の紙幣によりません。1万円札をくずして千円札にする、あるいは紙幣を自動販売機に投入し、切符とつり銭とを受け取る…。

 お金は常に、その現物が重要なのではなくて、それが未来において価値を持って通用するという、社会共通の「約束」によって保障されている。それが先ほど触れた「コーディング」ということです。

 現実に私たちには、引き下ろされた額、あるいは残高として表示される「数字」が大切なのです。「数字」と「」をつけてあるのを、印象にとどめておいてください。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師