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「自分ブランド」を提唱する、蟹瀬令子さんに聞く

元ザ・ボディショップ社長が新ブランドの化粧水を開発

  • 谷本 有香

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2007年11月5日(月)

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 ワーキングウーマンに必要な「自分ブランド」とは何だろうか。2007年1月に『やっぱ、「自分ブランド」でしょ。』を発行し、2月には新会社レナ・ジャポン・インスティチュートを設立した蟹瀬令子さんにお話を伺った。

レナ・ジャポン・インスティチュート代表取締役 蟹瀬令子さん

レナ・ジャポン・インスティチュート代表取締役 蟹瀬令子さん(写真:山田 愼二)

 蟹瀬さんは、1975年博報堂に入社。2人の子育てをしながら、コピーライターとして紙おむつ「ムーニー」、ブランド卵「ヨード卵・光」などのブランド化に携わり、起業後も食品、化粧品業界で数々のブランディングを成功させてきた。その後、イオンフォレスト代表取締役社長として、英国の化粧品専門店、ザ・ボディショップの経営を一任され業績回復に成功した。

 蟹瀬さんの夫は、国際ジャーナリストで明治大学文学部教授でもある蟹瀬誠一さん。2008年に新設される国際日本学部では、学部長となる。テレビのコメンテーターや雑誌への寄稿などでご存じの人も多いだろう。

 1999年にザ・ボディショップの社長を引き受けた時、同社は経営の危機に瀕していたが、業績が上向きになってきた2006年、蟹瀬さんは同社を引退した。華やかな職を自分から辞めた彼女の決断を、「男性経営者にはできない決意」と評価する人もいれば、「経営を軌道に乗せた一番いい時期になぜ辞めるのか」と言う人もいた。

 蟹瀬さんは、こう答える。「辞めた理由の1つは、会社のブランドを再構築できたから。2つ目は、一人立ちできる社員がたくさんできて、仕事を任せられるようになったからです」。自分自身が会社を引き継いだ時は、業績も悪く大変な時期だった。他の人に渡す時は業績のいい時期にしたかった、とも語る。

 ブランド構築に関して、蟹瀬さんはシャネルの例を挙げる。「シャネルが今でもブランドとして大いなる価値を持っているのは、経営者の能力というより、創業者ココ・シャネルのスピリッツ(精神)によるものなのです」。同じことがザ・ボディショップにも当てはまる、と蟹瀬さんは指摘する。

 「ザ・ボディショップは、天然原料による化粧品作りや環境保護にこだわった、創業者アニータ・ロディックのスピリッツが、今もなお脈々と受け継がれています。経営者は創業者のスピリッツを大切にし、軌道修正していくのが役目。自分のカラーを残すのが重要ではないのです」

 社員の育成について、蟹瀬さんは冒頭の著書でこう述べている。「私は部下を育てるためには、『3M』が大事だと思っている。これは『任せる、待つ、守る』という意味だ」。また部下にはいつも、努力と能力の出し惜しみをしないよう説き続けた。こうして育った部下たちに後を任せ、次のリーダーに潔くポジションを渡した蟹瀬さんは、「社長を卒業」することになる。

 「会社を辞めるのは、ちょうど息子が結婚するようなものですね」と蟹瀬さんは言う。「息子の結婚は、お嫁さんをわが家に迎え入れるものではない。息子がお嫁さんと一緒に新たな家族をつくっていくことであって、親がとやかく口出しをするものではないのです」

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