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CSR解体新書(15)どこにでもある貨幣偽造

円天は金本位制の下で作られた法律で裁けるのか

2007年10月26日(金)

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 通貨偽造の罪に対する刑罰、最高刑は「無期懲役」と前回ご紹介しました。その量刑はいま、本当に妥当なのか?

 もしかすると21世紀の今日、そういう責任を問われそうな人が、小菅の拘置所より、むしろ六本木ヒルズあたりにたくさんおられるかもしれませんよ。

 その社会的責任は?

 というのが、今回のお話です。

そもそも通貨の偽造とは何なのか

 前回、この連載が始まって以来最大の反響と多数のコメントを頂きました。心からお礼を申し上げます。寄せられたコメントから、改めて、NBオンラインは信頼すべき読者に支えられていると、強く感じました。

 今後も引き続き、できるだけ平易な表現を取りながら、同時に内容的には一切値引きのない記事を書いてゆきたいと思っています。

 前回は「円天詐欺は貨幣偽造罪か?」という問いを立てて、問題の所在を明確化しようとしました。

 ここからもう一歩進んで、より一般的な観点に立って「電子マネー」はどこまで「お金」なのか、その偽造は(刑罰はさておくとして)「通貨の偽造」になっていないか、そもそも通貨の偽造とは何なのか、源流に遡って考えてみたいと思います。

詐欺師と被害者の間に存在する「バカの壁」

 私たちの日常生活に「本物のお金」が占める割合は加速度的に減少しています。電車に乗るのも定期やカード。私が大学からもらう俸給も銀行振り込みで、お札や硬貨で給料をもらったことはありません。

 つまり情報機器を通じてサラリーを受け取っているわけです。ちょっとまとまった金額の買い物ではクレジットカードを使います。品物は即日、家に持って帰ってくるけれど、現金は一切介在しない。

 とりわけ米国で生活していると、朝から晩まで完全に「キャッシュレス」であることが少なくありません。

 「お金」が「情報」としての属性を持ち、情報機器を通じてやり取りできるというのは、このように今日の社会生活の現実が示す通りです。ところが、わざわざ改めて「お金は情報だ!」なんて書くと、「それは違う」という意見をたくさん頂きます。

 なぜでしょうか?

 それはその言葉の定義や理解をめぐる違い、すなわち先週「コード」とか「コーディング」という言葉で平易に導入した部分の理解に差があるために、「ズレ」が生じることが多いように思います。

 そこで、こうした「言葉によるコミュニケーションのズレ」を端的に示す、養老孟司先生の「バカの壁」をモデルに、この問題自体を、情報理論で考えてみたいと思います。

 誤解のないように最初に申しますが「バカ」という言葉がついていますが、これは養老先生の表現で、ここでは、誰かがバカだとか、そんなつもりはありません。

 例えば、養老先生ご自身からして「情報」という言葉を「データ」の意味で使っておられます。言うまでもなく当然ながら、恩師というべき養老先生をバカ呼ばわりするつもりなどないですし、実際あれだけ「地アタマ」のイイひとは、東大教授でもなかなか居ません。

 一般に医学・遺伝学関連の方は「遺伝情報」「ゲノム情報」など、「情報」という言葉で「データ」を指すことに慣れています。そうすると、情報通信理論での「情報」とは言葉の上の「ズレ」が生じる。当然です。その「ズレ」を問題にしたいのです。

 というのもこの「ズレ」実は詐欺師と被害者の両者を分け隔てているのも「バカの壁」と同じものだからなのです。

「バカの壁」は「情報」でできている

 ちょうど20年前、大学祭の委員だった私は、当時解剖学教室の教授だった養老孟司先生に学園祭のイベントに出演していただいたことがありました。

 養老先生は「『国民皆解剖』の制度でも導入されて、あらゆる人が解剖学を学んだら、世間はオトナになると思うなぁ」などとおっしゃいながら、標本室を案内してくださったり、解剖学の初歩的な考え方を、物理学生だった私にも分かりやすく、丁寧に教えてくださいました。

コメント21件コメント/レビュー

 大変,面白かったです. しかし,ふと思ったのですが,これって,国債を発行しつづける日本や自治体の公債も含むのではないのでしょうか?もし,理解が間違っていたら申し訳ございません. 伊東さんもどう考えますか?(2007/11/01)

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いただいたコメント

 大変,面白かったです. しかし,ふと思ったのですが,これって,国債を発行しつづける日本や自治体の公債も含むのではないのでしょうか?もし,理解が間違っていたら申し訳ございません. 伊東さんもどう考えますか?(2007/11/01)

【B-3/3】しかし、こう考えることもできます。「エンコードしたのは神」だと。「神」と呼ぶのが不遜なら、あるいは「自然法則」と言い換えてもよいかもしれません。そう考えれば、自然科学とは、神が様々なモノにエンコードした情報がどのようにデコードされ機能を発揮するか、を探る学問だ、と言えるかもしれません。まとめるとこうなるでしょうか。「情報とは、有形・無形のモノに変換(エンコード)され、適切な手法によりデコードし、もとの姿を再現あるいはそれと等価の機能を発揮するものである(エンコードするのは神またはヒト)。ただし、その中で意味があるのは、不確実性を減少させる働きを持つもののみである」と。ところで、つい最近、ラグナロクオンラインでの「通貨偽造」事件に関する判決が出ましたが、判決ではやはり仮想通貨の貨幣としての価値は認められず、ただ運営会社の信頼を損ねた、という点のみが罪に問われましたね。この事件に関し、いずれ伊東先生の解説が得られるものと期待しております。(2007/10/30)

【B-2/3】遺伝子には、生命の機能に関する情報が詰まっています。生命の機能はタンパク質が担っていますが、もちろん、タンパク質が物理的にそのままの形でDNAに埋め込まれているわけではありません。「塩基配列」に形を変え(エンコード)、そのコドン一つ一つに対応するトランスファーRNAが次々と正しい順序で結合し(デコード)、多くのアミノ酸を正確につなぎ合わせてタンパク質を作り出していくのです。このデコードの過程はまさに分子レベルでの「認知・観測」と「認知・受容」の過程であるといってよいと思います。伊東先生は今回のコラムで、生物学における「情報」という言葉と情報通信理論でいうところのそれとでは意味するところが違う、だから前回のような誤解が生じたのだ、とおっしゃいますが、上で述べた通り、これらはまったく同等に扱うことができると私は思います。コドンとトランスファーRNAとの関係などは、シニフィアンとシニフィエの関係そのものです。ただ一つの問題は、前回も指摘した通り、「自然科学にはエンコードの過程が存在しない」ということです。(2007/10/30)

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