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「2001年宇宙の旅」から始まった、グーグルへのオデッセイ

~グーグル副社長兼日本法人社長 村上憲郎氏(2)

2007年11月15日(木)

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将来、経営層を目指す人々に、プロの経営者から自身の経験を語っていただくトークセッション「Road to CEO」。今回は、グーグル日本法人の代表取締役社長、村上憲郎氏をゲストに迎えた。

グーグル副社長兼日本法人社長 村上憲郎氏

-----------

司会、山中(以下Y) 前回、この業界との関わりは、人工知能に興味をお持ちになったことと伺いました。それは、いつの頃からなんでしょうか。

村上 「2001年宇宙の旅」がきっかけだろうと思います。あれは意味深な映画だと思いますけれども、あとは私自身の嗜好といいますか、体質の問題もあると思います。

 人工知能、あるいはコグニティブサイエンスと呼ばれる学問は、ほとんど哲学とすれすれのところにあるんです。自分の体質の中に、「認識するとは、どういうことなのか」といった疑問があったんでしょう。そうすると、「認識主体としての私って何?」となる。そういう意識体を無機質なコンピューターのメモリーの中に、クリエイトできるか、できないかという。そういうあたりに対する興味が、『2001年宇宙の旅』に触発されてあらわになったという感じでしょうね。

Y 京都大学では、コンピューターを専攻されたわけではないんですよね。

 ないですね。1960年代後半というのは、学校はほとんど……

Y 学園紛争ですか。

 講義がない、という。単位はリポートで全部取ったというありがたい時代でした。でも、コンピューターは使えたんです。

司会、井上(以下I) 当時って、コンピューターの利用は申し込み制で、時間がばっちり決まって、という。

 だから我々が管理しておりました(笑)。

Y なるほど、学生が管理していたから、使い放題だったんですね(笑)。

 ええ。分からないことは東大でコンピューターを管理している学生に聞きながら(笑)。

セールスは男を磨く道

Y そこから日立電子に入られて、コンピューターのシステムエンジニアとしてのキャリアをスタートされ、それから当時、VAXで一世を風靡し始めたディジタルイクイップメント(DEC)に行かれると。

 そうです。

Y 転職されたころ、おいくつでしたか。

 30歳でした。

Y ここまでのお話をお聞きする限り、ばりばりのエンジニアですよね。経営とかそういうことにはご興味が当時からあったんですか。

 ああ、私は転職のときに技術職じゃなくて営業職で応募したんですよ。

 なぜかというと、ただ転職するだけではつまらんだろうと。それで若気の至りというか、本屋に行ったら、男を磨くのはセールスだ、という本がありまして(笑)。

Y 誰が書いたんだ(笑)。

 もう忘れましたけど。セールスということで、応募しましたら、人事の人が「村上さん、本当に営業職でいいんですか」と言ったんですが、「いや、いいんです。男を磨きたいと思って」と(笑)言ったかどうかは分かりませんけれども、営業職として入りました。

Y 実績は挙げられたんですか。

 雇った方も考えていて、当時のミニコンピュータというのは組み込み型のアプリケーションが多かったわけです。我々の言い方で、OEM(Original Equipment Manufacturer)という営業部隊に配属になって、ボキャブラリーが一緒のお客様を担当させていただいたということがあって、何とか営業職をやらせていただきました。

物事の本質を、すばやくつかむ方法

Y そしてアメリカに5年間。この時、初めて海外に行ったんですね。

 そうですね。

Y これはご自身の強い希望で? あるいは、成り行きですか。

 コンピューター産業というのはある種、特殊だと思うんですけれども、初めて就職した当時から私たちは「コンピューター産業に奉職したのであって、日立に就社したんじゃない」という感じがあったわけです。

 特にDECに移ってからはそういう気持ちが強まって、「この会社で何を獲得しようか」という感じがあって、最初は英語だったわけです。本当にDECで、いろいろなことを教えてもらいましたけれども、一番は英語だった。

Y DECに入られて、米国へ行って、英語の勉強を実際にやりたい、ということですか。

 そうですね。私が英語をしゃべれないというのは、日立電子の連中はみんな知っていますから、餞別は、当時ウォークマンのはしりでプレスマンという、再生だけできたテープレコーダーです。結構分厚いんですが、取りあえず胸ポケットに入る。「お前、英語が全然しゃべれないんだから、これで勉強しろ」とくれたんですが、それを聞いても聞いても、ちっとも分からないんですね。

 本当に耳がおかしいんじゃないかなと思って、耳鼻咽喉科に行って、耳の穴を見てもらおうかと思ったぐらいでした。しかし1978年に(DEC)に入りましたけど、1981年ぐらいにはもうシドニーとメルボルンで、英語で講演をしていました。

I お聞きしていると、違う分野に突っ込んでいこうというエネルギーと、そこで通用するスキルを身に付けてしまうスピードがものすごいと思うんですが、何かコツがあるんですか。

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「「2001年宇宙の旅」から始まった、グーグルへのオデッセイ」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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