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倒れる前にやるべきこと

2007年11月22日(木)

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 くも膜下出血で倒れた、故・木原光知子氏の築地本願寺での葬儀に参列した。焼香して会場を出た後でも入りきれない長蛇の人がいた。3700名と後にワイドショーで参列者の数を発表していた。

 普通、知人のご家族に不幸があった折などは、その知人自身に「頑張れ」と励ます意味で参列することは多いが、知人本人を見送るとなると、そこに足を運ぶ理由はただ“悲しみ”でしかない。

 会場には大勢の芸能界・政界・財界の重鎮たちが顔を揃えていた。改めて木原氏の人柄を偲ばせた。葬儀が始まるまでの間、それぞれ顔見知り同士で悲しみを口にしていた。

 そこでは会話が2種類あることに気づいた。「若いのに」「元気だったのに」というものと、「いい人生だった」「水の中で死ねて本望だろう」というものだ。前者は死を受容できない無念さを、後者は死を納得して受け入れようとする思いがうかがえる。

 そりゃ、こちらはまだ生き続けねばならないわけだから、いつまでも故人への思いに人生を引きずられていることもできない。だから断ち切る意味でもそういう言葉で終わらせようとするのも理解できる。

 しかし、私は、若かったり、健康だったりする人が死を迎えるときに、そこには納得も満足も諦観もないように思う。そこにあったのはおそらく無念だけではないか。葬儀がどれほど華やかでもそこにあっただろう本人の悔しさが軽減されるわけではない。

 それを思うと、若さや健康などが、なにをも保障しない無力感に襲われる。体を鍛えることができても血管を鍛えることはできないのだ。「若いのに」というけれど、死ぬには若いだけであって40歳を過ぎたらもう若くはない。体のあっちこっちに老化現象が現れる。

 そんなことを考えているとサッカーのオシム監督の脳梗塞が報道された。彼もまだ“死ぬには”若いから期待されるし、そしてプロスポーツ選手だった強靭な肉体もある。

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「倒れる前にやるべきこと」の著者

遙 洋子

遙 洋子(はるか・ようこ)

タレント・エッセイスト

関西を中心にタレント活動を行う。東京大学大学院の上野千鶴子ゼミでフェミニズム・社会学を学び、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を執筆。これを機に、女性の視点で社会を読み解く記事執筆、講演などを行う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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