「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

悪質化するネットいじめを防げ

情報公害を放置すると大きな問題に(CSR解体新書20)

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2007年12月4日(火)

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 現在発生している「いじめ」の半数以上が、「ネットいじめ」ではないかという指摘があるのをご存じですか?

 「ネットいじめ」とは、インターネットや携帯電話などを濫用するイジメを総称する言葉です。多くはネットワークの匿名性に隠れながら、被害者に永続的な悪影響を及ぼし続けるという意味で、大変悪質、かつ犯罪的です。

 「ネットいじめ」は「情報の環境問題」ないし高度情報化社会でCSR(企業の社会的責任)を考えるうえで、最も切実な問題の1つを私たちに問いかけていると思います。

 大変残念なことですが、21世紀に入って進展したブロードバンド化に伴って、文字テキストのみならず、静止画音声動画メディアも使った「ネットいじめ」が横行するようになってしまいました。

 2007年7月には兵庫県神戸市の私立滝川高等学校で、インターネットを悪用したイジメを苦に、あろうことか生徒が授業中に「トイレに行く」と教室を出たまま4階から自ら身を投げて、若い命を失うまでに、事態は悪い方向に進展しています。

イジメに利用されるブロードバンド

 9月になって各種メディアが報道したところによれば、滝川高等学校の事件では、被害者生徒が虐待を受けている画像がネットワーク上にアップロードされるなど、携帯やネット上のマルチメディアがイジメの道具に使われていたということです。

 大変に悲しむべきことですが、被害者の自殺という最悪の事態によってこの事件が社会に知られるようになってしまいました。

 しかし現実には、報道によって広く私たちが知ることのない、無数のイジメや犯罪が、ネットワークの水面下で氾濫している可能性が高いと言います。

 例えば計画的な性犯罪者が、レイプに当たって犯行中の音声動画を携帯で記録して、被害者を「もし警察に通報すると、ネットワーク上に写真や動画をばら撒くぞ」と恐喝するようなケースが、実際は相当数あるらしい。そういう「情報化社会」の負の側面が、今日のブロードバンドネット上に、確かに存在してしまっている。

 「いつでもどこでも情報化」というユビキタス社会には「いつでもどこでもどんなケースにでも、つまりイジメにも犯罪にも利用できる情報ネット」というもう1つの側面がついて回ります。これを正面から受け止める「ユビキタスクライシス」の観点、見失うべきではないと思います。

受動メディアには落とし穴がある

 前回、テレビやネットワークの音声動画コンテンツなどの「ユーザー受動型メディア」(受動メディア)は、新聞雑誌の文字テキスト等「ユーザー能動型メディア」(能動メディア)と違って「識字率」(リテラシー)による限界がないため、広範な影響力を持つとお話ししました。

 この「ユーザー受動型メディア」であるテレビや映画、インターネット動画などには、脳認知科学の観点から考えると、これに加えてもう2つ、決定的に重要な特徴があるのです。

 それは、

(1) 視聴者が自覚するより前に、コンテンツの内容に感情を動かされ、喜怒哀楽の情動が発動したり、

(2) 覚える気もないのに内容を記憶してしまったり、甚だしい場合には、主体的な判断に先立って、意思決定がなされてしまう

 という2点です。きちんと認識していないと、この2つは私たちを陥れる罠としても機能してしまいます。

 この2つの落とし穴は、重要なメディアの特質です。しかし現状では多くの視聴者がその意味を正確に理解、認識していません。その一因はあまりにもそれらが当たり前すぎることにあると思われます。

 あまりにも自然な人間の反応なので、かえって事態を把握するのが困難なのです。

 そこでおのおのを、より具体例で考えてみましょう。

「情動は常に悟性に先立つ」

 テレビやネットを見ていて「おやっ」と興味を持つことは誰しも経験があると思います。例えばニュースで報道されていた話題、奇抜な新商品、印象に残るCM、などなど。

 この「おやっ」と興味を引く、関心を惹起するということが、先ほど述べた「情動の発動」にほかなりません。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。



このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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