イチローさんは自分の感性を徹底的に信じてきた人だ。振り子打法のころから、いわゆる世間のバッティングセオリーとは違うから、いろんな人に「直せ」と言われてきたけれど、自分の「こう打つのが気持ちよいのだ」という感覚をゆずらなかった。
スイートスポットの狭い細いバットにしても、それを手にした時の「絶対にこれで打てる」という感覚を疑わなかった。悪球に手をだすとよく言われる彼独特の広いストライクゾーンにしても、それが自分の感覚なのだと決めている。
世間でのセオリーが何であれ、自分の感覚を信じて貫くという生き方、これはすごいと思った。ぴんと張り詰めた感覚があって、その規準でイエスかノーかを決める。イチローはそれを全部試している。例えばバッティングに入る時の所作にしても、ああいうふうにすると一番集中できるということが、自分の感覚で分かっているからやっている。
「感覚」「クオリア」というのはもともとは厳密なものだ。問題は、それを追い詰める方法をどうつかむかだ。イチローさんはそれを体の動作で追い詰めている。これが面白かった。だから、そのために厳密に何をするかというステップがある。
感覚というものは面白くて、再会すれば前と同じだということが分かる。味にしても「この味」と覚えている。ただ、そこに至る手続きを我々は持っていない。だから、感覚はあいまいなものだと思ってしまう。
イチローは自分のバッティングにはいる道のりとか、いろんな所作に厳密なステップがあって、それによって感覚という眼に見えないものを制御しているというか、そこにたどり着いている。
さすがだと思った。つまり脳の圧倒的に多くの神経細胞は体からきているわけで、「見る」「聞く」といった外から来る情報と同じくらい、あるいはそれ以上の感覚が、眼に見えない体の内部からもたらされている。
だから、ある体の動かし方をするということは、身体を通して脳に非常に大きな影響を与えている。それをイチローさんは非常に厳密にやっている。そういうことを通じて、眼に見えない感覚というものをつかんでいる。
それは、もちろん主観的なものなのだが、客観的な体の動きによって非常に厳密に整理されたものでもある。
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