今回お話を伺った小野二郎さんは、いまや寿司職人として世界に認められる人だ。しかし寿司職人になったのは、そうしないと食べていけなかった、あるいは店を出すのにお金がかかりすぎて準備ができなかったといった実際的な理由だった。
自分に合った仕事を探して、どんどんさまよい歩くという時代の風潮に対して、小野さんは出会った仕事に誠心誠意、自分を合わせていった。そのことと、寿司という、制約がありながら無限の広がりがある世界の奥義をきわめるということはつながっている気がする。そういうことを我々は忘れてしまっているのではないか。これが今回受けた一番のメッセージだった。
寿司の世界に限ったことではない。確かに仕事で自分を表現することは大事なことだが、考えてみれば生活のために仕事をするというのはそんなに悪いことではない。そもそも生き物としては、生きなければいけない、食べていかなければならない、というのが基本だったはずだ。
小野さんとお話していて「謙虚さ」を強く感じた。あそこまで行きながら、まだ謙虚さを持ち続けている。謙虚というのは、自分のできることがよく分かっているということだ。小野さんは、お客さんにお渡しするこの寿司がすべてで、そこに至る自分のできること全部がちゃんと頭に入っている。そういうところから、謙虚さが出てくるのだと感じた。
小野さんが普段使われている道具は、本当にきれいで芸術品のようだった。新品じゃないかと思うほど、毎日毎日掃除をしている。「きれいごと」だから、きれい過ぎて困ることはない、と小野さんは言う。そういうことが本当に寿司の味に反映されるのか?と思う人がいるかもしれない。しかしそれをないがしろにしないということが、すべてにつながっているはずだ。
道具の1つひとつに、探究心が結実している。寿司というものは、素人でも生魚を切って形を作ることくらいはできる。しかし、それとプロがやることでは、驚くくらいに違うことを今回強く感じた。
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