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「東京だから」という病

2008年1月25日(金)

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 最近、東京ではよく電車に乗る。それまでタクシー派だった私にとって、数千円かかっていた距離が、160円で行けることを知ったときの驚愕。「ヒャ・・・ヒャクロクジューエン!?」と叫んだ時からナニワ根性が開花し、何が何でも電車に乗らなきゃソンという感覚になった。それまではレンタカーで移動していた千葉にも、電車で行くことにした。

 電車に乗る時、私はインターネットで乗換えや駅名など、入念にチェックする。千葉の海浜幕張まで東京駅から京葉線で乗換えなしの30分ほどで行けると表示されていた。私は自信を持って「京葉線」にたどり着き「海浜幕張方面」と書かれたホームに降りた。

 ホームにはすでに電車が扉の開いた状態で停止し出発を待っていた。もう一度上を見るとホームには確かに「海浜幕張方面」と書かれてある。それでも念のために一人の乗客に声をかけた。

「これは海浜幕張に行きますか?」
「わかんない。行くんじゃないの?」

 ちょうど座席シートのみが埋まる程度の混み具合だった。私とその乗客の会話は、出発を待つ大勢の乗客にシーンとした中で聞かれていた。そして誰もがうんともすんとも言わず、静かだった。

 ちょっと不安に思ったが、私は乗ることにした。やがて、その電車は1時間乗っても海浜幕張には着かず、府中というまったく異なる土地に行った。私は電車そのものを乗り間違えたことを、降りた駅の駅員に知らされた。

 私は傷ついた。間違えたことにではない。
 私が大勢の前で発した「海浜幕張に行きますか?」のよく通る声は、静けさの中で出発を待つ、大勢の乗客が耳にしていた。その誰もが「行かない」とは、教えてくれなかった。大勢の前で明らかに電車を乗り違えている人間がいると分かっていても、そこにいる全員が、無視、した。ちょっとオーバーだが、見殺しにされたような、そんな気分だった。

 間違えて乗っていた1時間、不安な面持ちで座る私の視界の端に、罵声と共になにやらモメているような気配を感じた。年配男性が女子高生を殴ったような、そんなとんでもない光景だった。

 「まさか」と鼓動が高まり、二人の様子を凝視したが、女子高生は座ったまま本を読んでいる。男性もその隣に座り続けている。この二人の間に瞬時暴力が介在したかに見えたのは私の錯覚で、知り合い同士がじゃれあったのかと、その真正面に立つ乗客たちの平静さを見て思った。だが年配男性と女子高生が“知り合い”というには違和感があった。

 次の駅でその二人はバラバラに降りた。ぽっかり空いた席に、前に立っていた年配男女二人が座った。その二人の会話が私に聞こえた。

「ねえ、今の男、もっとそっちに寄れって言って、女子高生を殴ったよね」
「うん、殴った」
「一緒の駅で降りたけど、しつこく乱暴されないかなぁ」
「わかんない」

 私はその二人の会話を聞いて背筋が凍った。この二人はずっと真正面から何が起きているのかを目撃していたのだ。ただうつむいて本を読む女子高生が突然殴られるのを見てもずっと彼らは“静か”だった。

 そして、その女子高生もまた、突然知らない男から殴られても、“静か”だった。「痛い!」もなく、周りの大人の「何するんだ!」もない奇異な空間がそこにあった。
女子高生は、自分が殴られたことが、通りすがりの犬にワンと吠えられた程度の事としてやり過ごせるのだろうか。

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「「東京だから」という病」の著者

遙 洋子

遙 洋子(はるか・ようこ)

タレント・エッセイスト

関西を中心にタレント活動を行う。東京大学大学院の上野千鶴子ゼミでフェミニズム・社会学を学び、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を執筆。これを機に、女性の視点で社会を読み解く記事執筆、講演などを行う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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