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法を免疫不全に陥らせるな!

知らぬ間に踏み込む違憲の罠(CSR解体新書33)

2008年3月19日(水)

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 10年くらい前のことです。私が持っていた大学1年生にコンピューターの初歩を教える「情報処理」(「情報」)の講義で、演習の手伝いをしてくれるTA(ティーチング・アシスタント)の大学院生の1人が、こんなことを言いだしました。

 「六法全書のテキストを全部コンピューターに入力して、裁判官システムを作ってみたいと思うんです。事件が起きたらその概要を入れると、刑が自動的に出てくる。そうしたら余計な裁判の時間とか人手が省けて、便利でしょう? 誰でも考えつきそうなのに、なんでみんな開発しないのかな?」

裁判官コンピューターは作れるか?

 言うまでもないかもしれませんが、この学生は情報科学を専攻する「理系」の大学院生です。

 当時の私は今より遥かに法律には疎かったですが、友達が深刻な裁判を受けていたこともあり、法廷というところでは検察官も弁護側も、同じ「法体系」に基づくとして、正反対の主張をするのだから、法律が論理体系として完備で閉じたものではなく、内部に矛盾を含むものに違いないことは、察しがついていました。

 六法全書の内容をすべてコンピューターに入力した程度では、決して自動裁判マシーンは作れないでしょう。またそんなもの作られたらたまらんな、ジョージ・オーウェルの「1984」も真っ青の、超管理社会になるだろう、とも思いました。

「法廷は情状酌量がすべて」!

 この院生の言葉が気になっていたので、しばらくしてから東京大学内で法律の先生にこの問題を尋ねてみました。すると「裁判なんてね、論理もへったくれもありませんよ。法廷の実務は、いかにして裁判官の情状を取るか、それだけですね。法律は学問なんかじゃない」とアッサリ言われてしまいました。六法全書の内容をコンピューターに入れても、絶対に裁判マシンはできないというわけです。

 「Aという行為がダメだという条文があるとしますよね。これに対抗するためには、それをよい、あるいは容認可能だとする条文や判例が必ずあるはずだと思って法廷での戦術を考えるわけですが、最後は情状ですよ。判決を決めるのは」

 へぇ、そういうものなのか、とびっくりしました。ハッキリ書けば裁判の本質はお情けにかかっていて、それを巡る腹芸の応酬だとその先生は言う。事実の認否から量刑まで、日本の法廷は裁判官の裁量が非常に広いところがある。分かっているプロは、その幅の広さの一番いい線を突くように、相手を情で説得してゆくのだ。条文で決まっていることなんて、ほんの少しで、実務は学問とは程遠いものなんですよ…。

 東大の法律の先生に「法律実務は学問ではない」とアッサリ言われてしまったのは、ちょっと衝撃的でした。ちなみにこの先生は学生運動華やかなりし世代の人で、若い時から友達の法廷などにも関係したようで、いずれにしても、とても参考になりました。

「罪刑法定主義」の源流

 さて、そんな法廷の実態も少し見たうえで、先週もお話ししました「罪刑法定主義」について考えてみたいと思います。NBオンラインはネット連載ですから、インターネットで読者の皆さんもアクセスしやすいウィキペディアから、「罪刑法廷主義」の記事を引用してみましょう。

 「ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令(議会制定法を中心とする法体系)において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならないとする原則のことをいう」

 とあります。教科書によって他の定義もあるかと思いますが、今はこれを元に話を進めましょう。

 このウィキペディアの「定義」の後半には

 「公権力が恣意的な刑罰を科すことを防止して、国民の権利と自由を保障することを目的とする。事前に法令で罪となる行為と刑罰が規定されていなければ処罰されない、という原則であり、遡及処罰の禁止などの原則が派生的に導かれる」

 と記されています。私が注目するのは、むしろこの後半の方なのです。私が「罪刑法定主義」に関連する話題に言及する時、法律に明るいと思われる方から、

 「犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならない」

 ことが「罪刑法定主義」で、それ以外の概念が紛れ込んだ不正確な議論は望ましくない、概念を混同している、そもそもそんなものは罪刑法定主義と何の関係もない、といった指摘を受けることがあります。

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