以前、私の会社のスタッフに「この会社の一番良いところを教えてください」というアンケートを取ったことがある。とても驚いたのが、「英語を無料で早いスピードで習える」という答えが多かったことだ。
確かに、当時の倉庫責任者は英語しか話せなかったので、販売スタッフは自分の店舗に蜂蜜を発注するのに英語を使う必要があった。このため、60歳のパートの人たちも、あっという間に英語に自信がついたという。英語しか話さない外国人を雇って日本人と一緒に働いてもらうのも、社内語学教育の1つのアイデアかもしれない。
おしゃれな先生に憧れて一生懸命勉強した
私は子供の時からこれまで9カ国語を勉強してきた。今は英語、ロシア語、日本語そしてドイツ語の4カ国語しかしゃべれないが、「どうやって習ったの?」とよく聞かれる。
言葉の勉強については、家族の応援に本当に感謝すべきだと思っている。
3歳の頃から、8歳上の兄から「バイリンガルになるべき」と言われ、モスクワの自宅の近くの英語専門学校で7歳から10年間、国語(ロシア語)と英語を習った。いろいろな国の人との交流は楽しかったし、英語で演劇を作るのも楽しかったので、英語の勉強は面白かった。
父に言われて、中学校時代は授業の合間、ほかの子供たちが遊んでいた時、先生の部屋で英文タイプを習った。高校生になってからは、モスクワ外国語大学にあった高校生用の夜の塾に3年間通った。
そこで教えていた先生は、モスクワ外国語大学の学生。みな、普通の学校の先生に比べたら、若くて、おしゃれな服を着た18〜20歳の美人たちだった。英語がぺらぺらになれば、彼女たちと同じようにかっこよく、おしゃれになれると思ったので、ものすごくやる気が出た。教える方の大学生も将来、英語の先生になりたかったので、一生懸命私たちに教えた。
夜の塾がない時は、字幕のない英語の映画を見に映画館に通った。意味がよく分からなくても、とにかく同じ映画を何回も見た。
17歳で国際映画祭の通訳になったものの…
17歳の時、モスクワで開催されていた国際映画祭の通訳の仕事をした。この仕事は残念ながら、当時のKGB(国家保安委員会)に外国人と一緒に行動(会場の外で道案内)したことをとがめられて、1日で首にされてしまったけれど。
ドイツ語はウクライナの首都キエフにある観光とホテル経営が専門の短期大学で勉強した。当時、ドイツ人のペンフレンドが数人いたので、ドイツ語ができたら、彼女たちのところに遊びに行けるかなと思ったからだ。
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